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川口能活 予選はゴールじゃない。 

text by

戸塚啓

戸塚啓Kei Totsuka

PROFILE

posted2005/06/23 00:00

 6月3日のバーレーン戦後、川口能活は意識的に歓喜を封印していた。

 「まあ、とりあえず勝ち点3をとったことは良かったですね。でも、まだ終わったわけじゃないですから。次はもっと、大事な一戦になる。しっかり調整しないと」

 ミックスゾーンへ出てきた川口は、額を流れる汗とともに、ジワジワと押し寄せる勝利の余韻も拭っていた。「今日の夜は喜んでもいいですけど」と「明日からは気持ちを切り替えて」というフレーズを、合わせて10回は使ったほどである。

 「何が起こるか分からないのが、最終予選だからね。今日のゲームが重要なのはみんなが分かっていたし、自然にモチベーションが上がる状況だったけど、ひとつヤマを乗り越えたあとのモチベーションって、実はすごく難しい。北朝鮮戦は、このチームの真価が問われるゲームになると思う。相手だってプレーオフ進出のチャンスがまだあるわけだし、実際にいいチームだし。前々回の最終予選もそうだったし、去年のアジアカップもそうだったけど、僕らが起こしたことを、相手にやられてもおかしくないわけだから」

 十分な警戒心と万全の準備をもって臨んだ北朝鮮戦は、予想より明らかに相手の動きが悪く、それゆえに難しい展開となった。「攻め込まれたほうがプレーにリズムは出てくる。どんどんシュートを打ってこいって感じですよ」と話していたものの、守備機会はほとんど巡ってこなかったからだ。

 ここで川口は、最後方から指示を送ることでプレーのリズムを作り出して、チームを引き締めていく。観客のいないスタジアムには、背番号23の叱咤と激励が絶え間なく響いていた。「いつもやっていることですけど、いつも以上に声でチームを動かしていきたい」と話していたプレーも、2-0の勝利の構成要素となっていただろう。

 2位以内の確定を告げる終了のホイッスルは、感情を爆発させていいシグナルだった。ところが、6月8日の川口は、5日前とほとんど変わらない表情を浮かべていた。

 しかも、こんな話までしているのだ。

 「今日は喜んでいいけど、また明日から気持ちを切り替えないとね」

 明日から?― ワールドカップ出場を決めたばかりではないか。

 「別に無理して喜ばなかったわけじゃないんですよ。予選を突破したのはもちろん嬉しかった。無観客試合で点が入ったときは、なんか不思議な感じがして嬉しかったしね」

 ただ、感情の高ぶりはなかった。

 理由は分かっている。本能の囁きが聞こえてきたのだ。

 「フランスのときの予選を知ってるから。あのときは初めてだったからしかたがなかったんだけど、ちょっと喜び過ぎたところがあったと思う。それで、本大会で勝てなかったのかな、という気もするし」

 8年越しの舞台への渇望もある。'02年のワールドカップは、メンバーに選ばれているが1試合も出場していない。このままレギュラーを維持すれば、フランス大会以来2度目の世界との遭遇になる。

 「最終予選はゴールじゃないから。重要なのはこれからでしょう。アジアで勝つための戦いから、世界で勝つための戦いになる。これでやっと、本当の意味でスタートラインに立てたと思う。だからといって、やることは変わらない。とにかく自分の仕事をしっかりやっていくだけ。トレーニングをして、すべてを高めていきたい。で、休むときは休む切り替えもしっかりやって」

 フランスを目ざしていた当時の直線的で鋭い雰囲気を、29歳の川口は感じさせなくなった。8月で30歳になる彼には、自然体という言葉が似合う。それでも、代表のユニフォームを着た彼が、心からの歓喜に身を委ねることはない。1年後のドイツまでは。

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