カメラマンが語る:スポーツ写真の魅力とはBACK NUMBER
二度と同じ光景はない、それを撮るのが楽しい。
text by
福本悠Yu Fukumoto
photograph byNaoya Sanuki
posted2009/04/23 09:59
6万5000人を超える観衆がスタンドで感じている臨場感を伝えるために
カメラマン・佐貫直哉はこの日もシャッターを切った。
客で埋まるスタジアムでシャッターを切るとき、佐貫直哉がいつも心に留めていることがある。
「この写真はスタジアムに漂っている空気感、サポーターの緊張感や熱気をきちんと読者に伝えられているのか」
スポーツ写真というと誰しも頭に浮かぶのが、躍動する選手の動きをアップで捉えたものや、プレー中の一瞬の表情を切り取ったもの。中心となるのはあくまで選手。しかし、佐貫の考え方はそれとは一線を画している。佐貫は言う。
「スポーツ写真は“風景写真だ”」と。
アップで切り取るか? 景色の中に入れ込むか?
そもそも佐貫がスポーツ写真を撮り始めたのは文藝春秋に入社してから。
「弟子としてついていた先生が仏像や東南アジアの遺跡の写真なんかを専門にしていたので、撮影していたのは完全な静物。動いているものなんて撮ったことがなかった(笑)」
入社と同時にスポーツも担当することになった佐貫は、『Number』でスポーツ写真をメインに撮っていた先輩に一から撮影方法を学ぶことになる。
「ふたりの先輩に習っていたんですけど、ひとりはとにかくアップで切り取って動感のある写真。もうひとりは、景色の中に選手を入れ込むのが上手い人だったんです」
全くタイプの違うスポーツ写真の撮影方法を習ううちに佐貫は、スタジアムの雰囲気や空気感を伝える写真に傾倒していく。
「やっぱりもともと静物を撮影していたので、スタジアムの雰囲気を入れて、伝える写真に魅力を感じました」
ヨーロッパの壮麗なサッカースタジアムに圧倒された
丁度その頃は、スポーツメディアの花が開く時期。Jリーグが始まり、野球では野茂がアメリカに渡ることになる。佐貫も海外のスポーツ撮影に積極的に派遣される。そこで国内では味わったことのない衝撃を受ける。
「今と違って、テレビでヨーロッパサッカーを観ることなんてほとんどなかった。だから最初にミランのサンシーロとか、バルセロナのカンプ・ノウとか、マンチェスターのオールドトラフォードとか、ヨーロッパのスタジアムに行ったときに、なんなんだこの世界はって本当に驚きました」
Jリーグ発足前、国内のサッカーといえば日本リーグの時代。観客は少なく、スタジアムの芝ははげていた。それに比べ、青々とした美しい芝、ぎっしりと人で埋まった観客席、質の高い選手のプレー、歴史を感じさせるスタジアムの佇まい。すべてが初めて目にするものだった。
「選手のプレーだけじゃなくて、お客さんの熱気とか、スタジアムの空気感というか、すべてが今まで感じたことのないものだった。選手のアップではなく、スタジアムを広く入れたアングルでも、撮る物が全て絵になる。その世界に吸い込まれるじゃないけど、夢中でシャッターを切ったのを覚えていますね」
この雰囲気を写真で伝えたい。そこから写真の中にスタジアムを広く入れ、風景写真のようにスポーツを撮影する、佐貫のスタイルは確立された。
スポーツ写真の魅力は「同じ事が二度と起こらないところ」
その考え方は今も変わらない。試合前は展開を予想し、自分なりのストーリーを組み立て、その試合で撮りたい写真のイメージを固める。試合が始まったら、その瞬間が来るまで待ち続ける。
「そのために犠牲になることもいっぱいあるんですけど、こういう写真を、こういう風景を撮るんだって思ったら、じっと我慢して待つ。そこで勝負をしないとほかのカメラマンと同じ絵になってしまう」
佐貫はスポーツ写真の魅力は「同じ事が二度と起こらないところ」と言う。
「一度だけの景色をどう撮影するのかが自分の個性だと思うんです。これからスポーツ写真を目指す人に言いたいのは、ただ漫然と撮っていてもダメだということ。何の目的でこの写真を撮ったのか、どういうテーマを持って撮影したのかを考えてスポーツを撮影して欲しいですね」