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メダリストのつくりかた。 内村航平/松平健太/太田雄貴の場合。 ~特集『天才男子のつくりかた』~ 

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小堀隆司

小堀隆司Takashi Kohori

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photograph byTamon Matsuzono/Takao Fujita

posted2009/12/21 10:30

メダリストのつくりかた。 内村航平/松平健太/太田雄貴の場合。 ~特集『天才男子のつくりかた』~<Number Web> photograph by Tamon Matsuzono/Takao Fujita

「20年に1人の逸材」松平健太は卓球で遊び、才能を育んだ。

 競技を遊びの延長と捉えられる選手は強い。プレッシャーがかかる場面でも、それを楽しむ気持ちがあれば、プレッシャーに押しつぶされず力を発揮することができるからだ。

 日本人で初めて世界ジュニアのシングルスを制し、「20年に1人の逸材」と期待される松平健太にも、内村同様にやはり大舞台で強いという特徴がある。

 実家は卓球用具をメインに置くスポーツショップ。父の清志が店舗の隣で卓球教室を開いたのは25年ほど前に遡る。たまたま手に入れた土地が倉庫付きで、それを卓球場に改造したのがきっかけだった。

「こっちは店をオープンさせたばかりで余裕がない。隣に卓球場があったら、少しは子どもと一緒に遊べるやろうと。最初に長男が始めて、次が次男。三男坊の健太はわしと兄貴2人に鍛えられて強くなったんです」

2人の兄を手本にし、自然と独特の卓球感覚を磨いた。

写真'06年に世界ジュニア・シングルスで優勝した松平健太(18)。今年の世界選手権では、北京五輪金メダリストの馬琳(中国)を相手に大健闘し会場を沸かせ、ベスト16に輝いた。「賢二は海外からテレビ電話をくれるけど、健太は電話一本寄越さない」と両親はこぼす

 清志自身も卓球の経験者で、石川県代表として国体やインターハイへ出場した経験を持つ。息子たちへの指導は厳しかったのかと訊ねると、やんわりと首を横に振った。

「スパルタとかはぜんぜんない。練習時間も短いし、仕事が忙しいから遠征に連れて行くヒマもなかった。一番練習をしなかった健太が強いのは、身近に手本がいたからです」

 長男は大学で卓球を続け、次男の賢二は日本代表としても活躍。2人の兄に鍛えられた健太には、誰もが認めるセンスがあった。

「新しいレシーブでもなんでも、長男や次男が何日もかかってやることをあのコは1日でやってしまう。あの馬琳(北京オリンピックの金メダリスト)を苦しめたしゃがみ込みサーブも、あのコが自分で始めたんです」

 アスリートには必ず、大きく才能を伸ばす時期がある。そのタイミングを見極め、そっと背中を押すのも親が果たすべき役割のひとつだろう。健太が青森山田中学への転校を決めたのは弱冠13歳のとき。母の道代にしてみれば、それは苦渋の決断だった。

(続きは Number743号 で)

親子論。天才男子のつくりかた

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