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「名将であろうとしないから名将」横浜高校・渡辺元智は“もうひとりの監督”といかに歩んだか《部長・小倉清一郎との複雑な関係》

2026/09/03
渡辺元智(右)のもと、小倉清一郎は2010年まで横浜高校の部長を務めた('96年7月撮影)

 甲子園で優勝旗を5度もつかんだ。名指導者は、しかし野球を教えなかった。いや教えはしたのだが、もっとよく教える者が隣にいた。

 白球の公人として敬称を略す。

 渡辺元智。横浜高校の元監督である。8月17日に81歳で世を去った。本誌のひとつ前の号の10ページには松坂大輔について語る近影が見つかる。突然の印象は濃い。

「目標がその日、その日を支配する」。教え子にそう諭した。著書の『人生の勝利者たれ』(報知新聞社)にこう記されている。

「私が高校時代に当時の黒土四郎校長から朝礼で聞かされていた」

 横浜高校に通う渡辺少年は野球に浸り、神奈川大学に進むも肩を壊して中途退学、指導の道を歩んで、あの遠い日の一言をまっとうしようとした。

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photograph by NIKKAN SPORTS

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