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【2002年10月17日】池山隆寛の現役ラストゲーム、10回裏になぜ奇跡のドラマは生まれたのか?「あの日の神宮球場は異様な空気で」

2026/09/01
リーグ2位が確定した最終戦、客席から溢れるほどの観客の目当ては、'90年代スワローズを象徴する兄貴の雄姿だった。神宮にいた誰もが待ち望む最終打席へ泥まみれで繋いだ後輩2人の証言から、池山隆寛の現役ラストゲームを振り返る。(原題:[2002 引退ドキュメント]ブンブン丸、最後の一振り)

 2002年10月17日。神宮球場の夜空には、どこか寂しげな秋風が吹き抜けていた。スワローズのレギュラーシーズン最終戦であり、すでにチームの順位は2位と確定していた。いわゆる消化試合である。

 しかし、スタンドを埋め尽くした観客の熱気は消化試合のそれとは異なっていた。この日の1番センター・飯田哲也が「たかが1試合、たかが消化試合という雰囲気じゃなかった。僕たちにとっては本当に大切な試合でした」と言えば、2番ライト・稲葉篤紀も「あの日の神宮球場は異様な空気でした。シーズン最終戦の消化試合とは思えないほどの熱気でした」と振り返る。

 池山隆寛――。豪快なフルスイングで「ブンブン丸」の愛称とともに神宮を沸かせ、スワローズ黄金期を牽引した男が、現役生活に幕を閉じようとしていた。

 この日、約3万人収容の神宮球場に公称4万5000人の観衆が詰めかけた。正午過ぎから、自由席の入場を待つファンが秩父宮ラグビー場付近まで約500mの列を作ると、試合中にはスタンド最上段まで幾重にも立ち見客が折り重なっていた。

 試合が進むにつれ、その数はさらに増え続け、ビールの売り子が場内から姿を消した。通路という通路をびっしりと埋め尽くした観客のせいで、自由に売り歩くことができなかったからだ。売店では、弁当類はすぐに売り切れ、カップラーメンでさえ、長い行列の果てにやがて、完売となった。

 ライトスタンドには、「いつまでもブンブン丸!!」「感動をありがとう」「19年間ご苦労さまでした」など、別れを惜しむ横断幕がいくつも掲げられ、内野席から外野席の隅々に至るまで、かつて背負っていた背番号《1》、そしてこのときの《36》があしらわれた池山グッズが揺れていた。その全員が、ただ一人の男の最後の姿を目に焼きつけようと集まっていた。

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photograph by SANKEI SHIMBUN

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