2015年までの47年間、横浜高校の監督を務め、春夏あわせて27度の甲子園出場を果たし、春3度、夏2度の全国制覇を成し遂げた――渡辺元智はスマホを入れたケースから、一枚の写真を取り出した。名刺の半分ほどの小さな写真には横浜高校のユニフォームを着た、胸を張って投げる手足の長い右ピッチャーが写っている。
「オーソドックスで綺麗なフォームをしてるでしょ。コントロールがいいし、球が伸びる。身体が大きくて、でもすごくしなやかで、クセがあるピッチャーじゃないんです。僕は常にこれを持ってるんですよ。これまでにも取材がありましたけど、これで3度目かな。この写真を見せたのは……」
丹波慎也――横浜の幻のエースである。横浜高校のグラウンド、バックネット脇に掲げられたレリーフには、『信念』の文字とともにひときわ高いリリースポイントからボールを投げ下ろさんとする右ピッチャーが描かれている。それが丹波だ。なぜ彼が“幻の”エースなのか……それは丹波が高2の8月17日、17歳で急逝したからだ。
'95年、夏の神奈川大会の準決勝で敗れた横浜は秋に向けて新チームをスタートさせていた。エースになるのは丹波――彼が亡くなる前日、横浜は千葉で中央学院と練習試合を行っていた。丹波は先発して、完封。直近4試合の練習試合で3試合が完封、うち2試合でノーヒットノーラン。3本のホームランまで打っている。誰もが認める横浜のエースで4番。そんな丹波が亡くなったのだ。先発して完封して、バスで千葉から横浜へ戻って、チームメイトとファミレスではしゃいで、午後10時過ぎ、「じゃあ、また明日」と言って、丹波は自宅へ戻った。そして午前1時半頃、急性心不全を起こしてしまう。予測も予防もできるはずのない突然死だ。渡辺がこう続けた。
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