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「日本とアメリカのいいとこ取りなんです」古林睿煬、林昱珉…台湾が「剛腕」を生み出す背景を探って《WBC1次ラウンド最大のライバル》

2026/03/06
古林睿煬 Ruei-Yang Gu Lin 日本挑戦前年の'24年は統一で10勝2敗、防御率1.66と力を示した
2年前のプレミア12決勝で日本打線を封じて脚光を浴びた投手陣。若き快腕たちはいかにして海外進出できるほど力を蓄えてきたのか。台湾の英雄を指導し、代表コーチも務めた日本人指導者に訊いた。(原題:[球界通が明かす]チャイニーズ・タイペイ「剛腕を生む2つの河」)

 うまく間合いを外しているな……。

 ひょっとして台湾が勝つんじゃないか。

 日本代表に肩入れしようとしても、ふと気づけば台湾の選手を見てしまう。それが習い性になっていて、酒井光次郎はこの夜もテレビの前で、ついひとりごちた。

 2024年11月24日、台湾とプレミア12の決勝を戦う日本は、まさかの窮地に陥っていた。先発した林昱珉(リンユーミン)の変化球を打線がとらえきれず、凡退をくり返した。4回までヒット1本しか打てずに無得点。継投で逃げきられ、完封負けを喫したのである。'23年WBCのような最強布陣でなかったとはいえ、国際大会の連勝を27で止められた衝撃は小さくなかった。

「林はちょっとクセのあるフォームで、日本の打者は打たされている感がありました。初対戦の左投手には苦戦しがちです。それは私も左投手だったのでよくわかります」

 そう話す酒井は、かつてパ・リーグで活躍した左腕だった。1989年のドラフトで野茂英雄を抽選で外した日本ハムに1位指名された。西武の工藤公康をして「俺よりもいい」と言わしめたカーブを生かして1年目に10勝。その後は故障に泣き、現役8年間で23勝にとどまったが、この人のキャリアが特異なのは引退したあとだった。縁あって東シナ海をわたったのである。

Shunsaku Sakai
Shunsaku Sakai

 '99年から'04年までの6年間、台湾代表の投手コーチを務め、'05年から3シーズンは統一ライオンズで指導。'23年から2季、富邦ガーディアンズの二軍投手コーチとして手腕を発揮した。また、日本に帰国中の'08年から3年間は横浜(現DeNA)に在籍し、アジア担当スカウトとしても活動。人脈は広く、中国語をあやつるまでになった。

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photograph by Keiji Ishikawa

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