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「天才的な選手」ブスケッツを誰と組ませるか――2010年スペイン代表にW杯初戴冠をもたらし、分断された国民を一つにしたデルボスケ監督の“堅さ重視”の戦術
イベリア半島からカナリア諸島まで、現代のスペインでボールを蹴るサッカー少年に共通する認識がある。スペインはサッカー史の中で常に強国であり、世界をリードしてきた――という確信だ。
しかし2010年の南アフリカ大会で世界の頂点に立つまで、スペインはサッカー大国の中で唯一ワールドカップのタイトルを持たない国だった。スペインは隣国フランスや地中海の向こうのイタリアにどこか見下されながら、無敵艦隊という皮肉めいた呼び名と共に、欧州の隅で肩身の狭い思いをしてきた。「ベスト8の壁」という言葉に阻まれた時期も長い。優れた選手を抱えながらも大舞台であと一歩のところで崩れる、スペインとはそんなチームだった。

そんな空気を変え、現在の国民の確信を形づくったのが、2010年の初戴冠だ。鍵となったのは、その2年前の2008年欧州選手権優勝だった。当時の代表監督「賢人」ルイス・アラゴネスが作った土台が、2年後の世界制覇の礎になっている。
「自分たちの長所を活かしたサッカーを貫くべき」
生前のアラゴネスにマドリードで会ったことがある。南アフリカでの優勝の少し前で、秘めた確信と、力強い言葉の数々と、刻まれた深い皺が印象に残っている。
「ユーロ2004で負けた直後に代表監督になったわけだが、あの頃はチームのスタイルが定まっていなかった。まずはチームが進むべき道を決めることから始めたんだ。この選手たちなら、私の思い描くサッカーができると」
改革は痛みを伴った。2006年ドイツ大会でジダンのフランスに敗れると、国内には「Lo de siempre(いつものスペイン)」との批判とともに解任論も渦巻いた。'06年大会後、スペインの象徴だったFWラウールを外した決断は国を二分し、『MARCA』『AS』などマドリード系メディアの反発は特に激しかった。それでもアラゴネスは譲らなかった。フィジカルで上回る相手に真正面からぶつかるのではなく、ボールを握り、触れさせないこと。
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