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「気性の激しさは弟オルフェーヴルそっくり」ドリームジャーニーが築いたステイゴールド系“繁栄の礎”《池添謙一は「今も機嫌が悪いと近寄れない」と苦笑》

なかなか勝ち切れない歯がゆさが愛された競走馬時代とは一転、種牡馬入りしてからのステイゴールドは続々とGI級の大物を送り出した。三冠馬オルフェーヴルをはじめとする個性的な産駒たちも次々に種牡馬となり、父の血を広げている。その礎を築いたのがドリームジャーニー。オルフェーヴルの4歳上の全兄だ。
ステイゴールドの2世代目の産駒にあたる同馬は2歳時、手綱を取った蛯名正義騎手がディープインパクトになぞらえて「軽く飛びましたね」と表現した抜群の末脚を発揮し、朝日杯フューチュリティSに優勝。産駒のGI初制覇を果たすとともに、「晩成の長距離タイプ」と思われていた父のイメージを覆した。放出候補にリストアップされていた母オリエンタルアートはこの活躍を受けて白老ファームに残り、オルフェーヴルの誕生に繋がったという逸話も残る。
その後はしばらく伸び悩んだ時期もあったが、血筋に裏打ちされた成長力を発揮して再び上昇。本格化した5歳時には春秋グランプリ(宝塚記念、有馬記念)制覇を果たし、評価が高まり始めていた父の人気にいっそうの火をつける。そんな後半期の主戦を務めたのが池添謙一騎手である。
池添が「是非もう一度乗せてください」とアピールした理由
初めて手綱を任されたのは4歳時の安田記念。3歳秋から主戦を務めてきた武豊騎手はスズカフェニックスに騎乗する先約があったため、「末脚を活かす技術力」に着目した池江泰寿調教師から声がかかった。伏線となったのは強烈な末脚を武器とした池添騎手のお手馬、デュランダルとスイープトウショウだった。
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