ターフに嵐を巻き起こした破天荒な三冠馬・オルフェーヴル。常に想像を超える型破りな走りは今も記録と記憶に深く刻まれている。じゃじゃ馬たちとともに歩んできた鞍上が金色の王者との逸話を明かした。
名だたる荒馬たちを御してきた右手の甲に、白く小さな古傷がある。池添謙一43歳、騎手25年目。「残ってます、ずっと。もう12年も前ですけど」。中指のつけ根にある3針の縫い痕は、史上7頭目の三冠馬オルフェーヴルの“蹄跡”だ。
今でも忘れようがない。2010年8月14日の新潟。新馬戦に臨んだ黄金色のステイゴールド産駒は、残り300mで早々に馬群を突き抜けてから制御不能に陥った。
「内へもたれて引っ張った時に、ハミ環(口の両側にあるリング状の部分)が口の中に入ってしまって……。(先頭で)1頭ポツンとなると、何かしようとするんです」
ゴール後も止められない。コーナーを駆け抜け、向正面の外ラチへ突っ込んだ。振り落とされ、右手を踏まれた。人馬は救急車と馬運車へ。記念撮影は中止となった。
JRA・GI27勝の栄光に彩られた人生で、ただ一度だけ「騎手をやめたい」とまで追い詰められた挑戦の始まりだった。
苦闘の中で生きたのは、かつて乗りこなしてきた名馬たちとの経験だ。その手腕は個性派との邂逅で磨かれてきた。
デュランダルには度胸を学んだ。
初めて跨がった'03年セントウルSでは、未体験の爆発的加速に上体が置いていかれる感覚を味わったという。追い込み一辺倒のスリリングな走りでGIを3勝。20代前半で全国区へと名を馳せていった。
「焦らないことを教えてもらいました。『ゴールで鼻差だけ出てればいい』『落ち着いて乗ればいい』と。馬混みに入っていけなくて、絶対に外へ出さないと伸びないので、考えることはシンプルでした」
特製トートバッグ付き!
「雑誌プラン」にご加入いただくと、全員にNumber特製トートバッグをプレゼント。
※送付はお申し込み翌月の中旬を予定しています
photograph by Keiji Ishikawa / Photostud