#997
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小出義雄「お前!歴史に残るぞ!」…それでも陸上5000m・志水見千子が比べた有森裕子の勇気《連載「オリンピック4位という人生」1996年アトランタ》
2024/08/09
「初めて自分で自分を褒めたいです」。そう語るヒロインを横目に、もうひとりのトップランナーは、こだわり続けた5000mのスタートを切った。(初出:Number997号 1996アトランタ「曲がり角はいつも突然に」オリンピック4位という人生)
あれはトラックを何周したあたりだったか。たしか4000mにさしかかるころだった。とにかくまだクライマックスを迎えるまえの静かなカーブ、そうした何気ないところに、あの一瞬はあった。
女子5000m決勝のレースを引っ張っていたのは中国の王軍霞―最強の女王―と髪に白いリボンをつけたケニアの選手だった。ふたりが完全に抜け出している。
そのふたりを追う第二集団に当時25歳の志水見千子はいた。首をタテにガクガクと振りながら走るラドクリフ、イタリアのブルネットから続く5人集団のいちばん後ろにつけていた。そしてあのカーブにさしかかるとき、この第二集団がふたつに割れようとしていることに気づいた。つまりラドクリフとブルネットと、その後ろの彼女を含めた3人との間に距離ができつつある。
まずい。残りの距離を考えてもここで離れるのはまずい。離れるな。すぐまえのふたりの背に祈った。そしてよぎった。いっそのこと私がピッチを上げて抜いてしまおうか。脚はまだ残っているし、そうすれば私は第二集団に生き残ることができる。
しかし、その思考はすぐに消えた。自分で打ち消した。なにしろカーブの途中なのだ。ここでエネルギーをつかってしまったらそのあと自分がどうなってしまうかわからない。そんなことができる力が自分にあるかどうかもわからない。勝負をかけるのは直線に出てからでも遅くはない。
そうして静かな一瞬は過ぎ去り、再び彼女はあるがまま、レースの一部になった。
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photograph by Nanae Suzuki/Mainichi Newspapers