ゴツくて、広くて、分厚いその背中。武藤敬司がゴージャスなガウンを脱いだ瞬間、ド迫力の筋肉の塊が飛び出してくる。還暦を迎えてもなお美しく、気高い。広背筋が盛り上がった茂みの真ん中をスッと通る窪みの一本道は、まるで平安京の朱雀大路のようだ。
「これは俺の持論なんだけど、プロレスラーにとって背中の筋肉ってすげえ重要なんだよ。なぜってタッグマッチでも何でも、お客さんに常に背中を向けなきゃいけねえんだから。上半身のなかで一番でかい筋肉でもある」
弾力性のある柔らかい筋肉美は、間もなく見納めになる。
プロレスはゴールのないマラソンと表現していたプロレス界のスーパースターは2月21日、所属するプロレスリング・ノアの東京ドーム興行でラストファイトを迎える。両膝に加えて股関節もこれ以上悪化すれば人工関節にしなければならないと主治医に宣告されたことで引退を決断し、昨年7月から「ファイナルカウントダウンシリーズ」をこなしてきた。
「引退を発表してから大変だよ。股関節とか原因があって引退するのに、試合となればみっともない格好では出たくないからトレーニングはちゃんとやってる。でもあんまり追い詰めると、炎症を起こしちゃったりするからそのあんばいが難しい。日々、そのジレンマとの戦いなんだよな。早くもう試合が来てくれって感じだよ」
しかめっ面を浮かべながらも、どこか楽しそうでもある。
言わずと知れたトレーニングの虫。「武藤さんはどんなときでも体を動かしていた」と後輩レスラーの小島聡も証言するほどで、今でも4時間のトレーニングを日課としている。そのうちみっちり1時間を充てるのがやはりウエイトトレーニングだ。
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