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3人退場の大乱闘で指2本骨折、落合博満はホメた“最高の外国人”「やっぱりクロマティになれなかった男たち」巨人助っ人“残念伝説”

1994年に来日したダン・グラッデン。その年5月11日のヤクルト戦で球史に残る“大乱闘”が起きた / photograph by Sankei Shimbun ウォーレン・クロマティ。1984年~90年、巨人に在籍。NPB通算打率.321、951安打、171本塁打、558打点。“巨人史上最強の助っ人”と言われる ©BUNGEISHUNJU 1993年オフに導入されたばかりのFAで巨人入りした落合博満。94~96年シーズンまでプレー ©BUNGEISHUNJU 91年のワールドシリーズ。強烈スライディングで相手捕手を1回転させたダン・グラッデン(当時ツインズ) ©Getty Images 1994年5月11日のヤクルト戦。相手投手・西村龍次の投球が頭部をかすめ、グラッデンが激昂。制止した捕手・中西親志に食って掛かり、本塁上で大乱闘に ©BUNGEISHUNJU 1994年2月に来日したヘンリー・コトー ©Sankei Shimbun 1994年、西武との日本シリーズ第6戦。8回裏、駄目押しのソロホーマーを放ち大喜びのコトーと巨人ベンチ ©KYODO 1995年に来日したシェーン・マック。2年で年俸総額8億円という大型契約だった ©BUNGEISHUNJU ©BUNGEISHUNJU グレゴリー・ポランコ(30歳)。推定年俸2億5000万円 ©Hideki Sugiyama アダム・ウォーカー(30歳)。推定年俸3400万円 ©Kiichi Matsumoto ホーナー、バース、ブライアントからペタジーニ、ラミレスまで……懐かしの助っ人外国人を独断と偏見で50人選出。彼らの野球人生を描いた『プロ野球 助っ人ベストヒット50』(ベースボール・マガジン社)。(書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします)

1994年に来日したダン・グラッデン。その年5月11日のヤクルト戦で球史に残る“大乱闘”が起きた(photograph by Sankei Shimbun)

1994年に来日したダン・グラッデン。その年5月11日のヤクルト戦で球史に残る“大乱闘”が起きた / photograph by Sankei Shimbun ウォーレン・クロマティ。1984年~90年、巨人に在籍。NPB通算打率.321、951安打、171本塁打、558打点。“巨人史上最強の助っ人”と言われる ©BUNGEISHUNJU 1993年オフに導入されたばかりのFAで巨人入りした落合博満。94~96年シーズンまでプレー ©BUNGEISHUNJU 91年のワールドシリーズ。強烈スライディングで相手捕手を1回転させたダン・グラッデン(当時ツインズ) ©Getty Images 1994年5月11日のヤクルト戦。相手投手・西村龍次の投球が頭部をかすめ、グラッデンが激昂。制止した捕手・中西親志に食って掛かり、本塁上で大乱闘に ©BUNGEISHUNJU 1994年2月に来日したヘンリー・コトー ©Sankei Shimbun 1994年、西武との日本シリーズ第6戦。8回裏、駄目押しのソロホーマーを放ち大喜びのコトーと巨人ベンチ ©KYODO 1995年に来日したシェーン・マック。2年で年俸総額8億円という大型契約だった ©BUNGEISHUNJU ©BUNGEISHUNJU グレゴリー・ポランコ(30歳)。推定年俸2億5000万円 ©Hideki Sugiyama アダム・ウォーカー(30歳)。推定年俸3400万円 ©Kiichi Matsumoto ホーナー、バース、ブライアントからペタジーニ、ラミレスまで……懐かしの助っ人外国人を独断と偏見で50人選出。彼らの野球人生を描いた『プロ野球 助っ人ベストヒット50』(ベースボール・マガジン社)。(書影をクリックするとAmazonのサイトにジャンプします)

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