プロ野球PRESSBACK NUMBER

「清宮とはものが違うんだから」村上宗隆17歳は、なぜ“清宮幸太郎の外れ1位”だったのか? 高校日本代表も落選「プロでは負けたくない」“第4の男”の逆襲

posted2026/10/29 18:00

 
「清宮とはものが違うんだから」村上宗隆17歳は、なぜ“清宮幸太郎の外れ1位”だったのか? 高校日本代表も落選「プロでは負けたくない」“第4の男”の逆襲<Number Web> photograph by Hideki Sugiyama

清宮幸太郎の“外れ1位”として3球団に指名され、ヤクルトに入団した村上宗隆。その後の大活躍のウラには「誰にも負けたくない」という反骨心があった

text by

安藤嘉浩

安藤嘉浩Yoshihiro Ando

PROFILE

photograph by

Hideki Sugiyama

 2017年のプロ野球ドラフト会議は、「清宮ドラフト」とも言われた。史上最多の高校通算111本塁打を放った早稲田実(東京)の清宮幸太郎に、野手としては史上最多タイとなる7球団の1位指名が競合した。さらに、清宮のライバルたちを巡る指名ドラマもあり、野球ファンにとって忘れられないドラフトとなった。

 当時の高校野球界は、清宮を中心に回っていたと言っていいだろう。1915(大正4)年に全国中等学校優勝野球大会として始まった夏の選手権大会が100周年を迎えた2015年に高校入学。すぐに早稲田実のレギュラーとなり、高校野球ファンの期待と注目を集める存在になった。

「清宮フィーバー」のウラにいた1年生

 朝日新聞の高校野球担当記者として大阪勤務だったぼくも、春季東京大会の取材に立川市営立川球場まで出かけている。体は大きいが、表情にはまだあどけなさが残り、「大きな子ども」といった印象だった。一方で、左打席で見せるどっしりした構えと柔らかなリストワークに感嘆した記憶がある。

ADVERTISEMENT

 4月18日の春季大会準々決勝(神宮第二球場)で関東第一から早くも1号本塁打を放った。早稲田実の試合には多くのファンが詰めかけるようになり、夏の西東京大会準々決勝では神宮球場の内野席が満員となって外野席が開放された。決勝には2万8000人が押し寄せている。

 大変な注目を集める中、早稲田実は大逆転勝利で東海大菅生を破って甲子園出場を決めた。第1回大会にも東京代表として出場している名門校が、100年後の記念イヤーにも勝ち上がった。しかも、100周年の始球式は、野球界のレジェンドで同校のOBでもある王貞治さんが投じることが決まっている。

 そういう巡り合わせも含め、何かを持っている選手だと感じ入ったものだ。

 甲子園大会では「清宮フィーバー」がさらに過熱した。この大会は日程の都合で「甲子園練習」が実施できず、代わりにボールを使わない「甲子園見学」だったが、清宮が登場する日は報道陣が大挙押し寄せた。16歳の主役は報道陣の数に驚くことも、ひるむこともなく、爽やかで堂々とした受け答えをしていた。

 この「甲子園見学」で、ぼくはもう一人の1年生選手も取材している。

 九州学院(熊本)の村上宗隆だ。

【次ページ】 村上宗隆は日本代表に選ばれなかった

1 2 3 NEXT
#村上宗隆
#清宮幸太郎
#中村奨成
#安田尚憲
#九州学院高校
#東京ヤクルトスワローズ
#坂井宏安
#シカゴ・ホワイトソックス

プロ野球の前後の記事

ページトップ