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甲子園の風BACK NUMBER
「入学直後は消防士になろうと…」大学でまさかの“球速12キロ増”…あの「山田陽翔の控え」左腕が4年間で覚醒のワケは? DeNAからドラ1指名のウラ話
text by

沢井史Fumi Sawai
photograph byNanae Suzuki
posted2026/10/26 11:03
DeNAから1位指名を受けた大商大の星野世那。大商大では球速を151キロまで伸ばし、本人が目指す「勝てる投手」に
準決勝・下関国際(山口)戦でも山田が先発したが、この日も山田は苦しいピッチングが続いた。2-2の同点で迎えた6回に2四球の走者を残した場面で星野に替わったが、7番打者に2点適時打を許し、7回にも失点。さらに8回には適時打を含め3点を失い、試合を決められてしまった。
「あの試合ほど自分が何とかできていたらという試合はなかったです。もし、県大会や甲子園の1、2回戦で自分がある程度試合を作れて、長いイニングを投げられていたら、山田をもっと楽にできましたから。いくら山田でも、夏の暑さや疲労には勝てませんし……。あの夏は自分に対して情けなさしかなかったです」
大商大に進み、周囲から「センバツで準優勝して、夏の甲子園はベスト4まで勝ち進んでうらやましい」と言われたことがあった。だが、星野は「自分は何もしていないのに」と何度も歯がゆい気持ちになったという。
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だからこそ、大学で目指したのは「勝てる投手」だった。
では、勝てる投手になるためにはどうすれば良いのか。まず、星野の頭にあったのは“メンタル面の進化”だった。
「高校の時はとにかく気持ちの面で余裕がありませんでした。余裕がないということは、周りを見ることもできず視野も狭かった。それに、マウンドでどれだけ冷静にいられるかも大事。目の前のことだけではなく、周りをしっかり見ることを考えるようにしました」
実は星野は大学1年秋にリーグ戦デビューを果たしている。
龍谷大との1回戦でいきなり先発を任せられ意気揚々とマウンドに立ったが、先頭打者に四球を与え、犠打で送られた直後に適時打を浴びてすぐに交替を告げられた。あっけなく終わった大学初マウンドもほろ苦いものだった。
だが、ここが星野の成長曲線を描く起点となった。
大学1年時に行った「自己改造」の中身は?
2年春のリーグ戦も登板はなかった。その間、星野は“自己改造”に取り組んでいた。
まず、ショートアームを意識し、肘の出し方をコンパクトにした。セットポジションでも足を上げるのをやめ、クイックモーションで投げるようにすると徐々にフォームがしっくりとはまるようになり、無駄な動きがなくなった。その影響でコントロールも安定した。

