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「あの時もっとちゃんと投げられたら…」センバツ決勝「まさかの14失点」の失意から…“山田陽翔の控え”だった左腕が《DeNAのドラ1指名》を掴むまで

posted2026/10/26 11:02

 
「あの時もっとちゃんと投げられたら…」センバツ決勝「まさかの14失点」の失意から…“山田陽翔の控え”だった左腕が《DeNAのドラ1指名》を掴むまで<Number Web> photograph by Hideki Sugiyama

DeNAから1位指名を受けた大商大の星野世那。近江高時代はセンバツ決勝に登板し、14失点を喫する苦難も経験した

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沢井史

沢井史Fumi Sawai

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Hideki Sugiyama

 2026年も大きな盛り上がりを見せたプロ野球ドラフト会議。DeNAが1位で指名したのが大阪商業大学の星野世那だ。滋賀・近江高時代は、現在西武で活躍する山田陽翔の控え投手だったが、甲子園では“大炎上”したことも。そんな苦い経験を経て、ドラ1にまで評価を高めたウラには、一体何があったのだろうか。《NumberWebレポート全2回の1回目/つづきを読む》

「今でも言われるんですよ。あの時お前がもっとちゃんと投げられたら全国制覇できたんじゃないかって――」

 大阪府との県境近くに位置する奈良県香芝市。近鉄線の最寄り駅から住宅街を突き抜け、緑を切り開いた中に大商大野球部グラウンドはある。

 ちょうど取材に訪れた日は朝からオープン戦が予定されていたが、登板予定のなかった星野世那は試合前に練習着で取材時間に姿を見せた。そして高校時代の話に触れた途端、こう口にして苦笑いした。

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 関西六大学連盟の“常勝軍団”とも言える大商大で、星野は今春4勝を挙げてリーグ優勝に貢献。リーグMVPにも輝いた。6月には大学日本代表にも選出され、野球人生で初めてJAPANのユニホームに袖を通した。今秋のリーグ戦では9月にすでに3勝をマーク。野球選手としてのスキルは、この4年間で着実に上がった。

「大学野球でJAPANのユニホームを着て投げているなんて、4年前の自分は正直想像もしていませんでした。大学では、まずチームを勝たせられるピッチャーになるのが目標だったので」

 4年前の夏。星野は近江高の背番号10をつけ、甲子園にいた。

高校時代は「あの」山田陽翔の控え投手

 当時の近江はセンバツで準優勝を果たし、夏の甲子園でも優勝候補のひとつに挙げられていた。その年、チームを牽引していたのはエース番号を背負った山田陽翔(現西武)だった。

【次ページ】 高3センバツで味わった「苦い経験」

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