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甲子園の風BACK NUMBER
「あの時もっとちゃんと投げられたら…」センバツ決勝「まさかの14失点」の失意から…“山田陽翔の控え”だった左腕が《DeNAのドラ1指名》を掴むまで
text by

沢井史Fumi Sawai
photograph byHideki Sugiyama
posted2026/10/26 11:02
DeNAから1位指名を受けた大商大の星野世那。近江高時代はセンバツ決勝に登板し、14失点を喫する苦難も経験した
技術的な課題は明確だった。立ち上がりからコントロールがばらつき、自分のリズムを作れない。それも精神的な部分が原因だったと星野は振り返る。
夏こそは山田を助けたい――。
だが、その思いは県大会でもなかなか結果に結びつけられなかった。
最後の夏も…地方大会で不甲斐ない投球に?
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「夏の県大会は2回戦(初戦)、3回戦で僕や他の投手が登板して、準々決勝で山田が先発して。準決勝は僕が先発して……と勝ち進めば僕と山田が交互に投げていくはずだったんです。でも、準決勝(比叡山戦)で僕が3回で降板してしまって。それがもう、全てでした」
その準決勝は立ち上がりから制球を乱し、3回で5安打5失点。3四球も絡み早々にマウンドを降りた星野は、この試合で何かを悟ったような気もした。
夏の甲子園でも先発マウンドに立ったのは山田だった。
初戦では好左腕・冨田遼弥(國學院大)擁する鳴門(徳島)を相手に8回を投げ13奪三振、2失点。3回戦の海星(長崎)戦では9奪三振、1失点の力投の中で7回に満塁本塁打を放つなど、山田は夏の聖地でも投打の主役だった。
普段から山田と仲の良い星野からすれば、球友の活躍は心の底から嬉しかった。だが、同時に複雑な思いも心のどこかにあった。
「あの夏は……なんかもう、チームにも山田にも申し訳ない気持ちでいっぱいでした。自分が県大会の準決勝で不甲斐ないピッチングをしてからは、もう甲子園では自分に試合を任せてもらえなくなったのかなと思っていて」
鳴門戦では最後の1イニングを投げ2個の三振を奪って試合を締めてはいたものの、6点差があった場面での登板だった。
やはり自分は信頼されていないのか――。そう思っていた時、思わぬ場面での登板が巡ってきた。
<次回へつづく>

