甲子園の風BACK NUMBER
「日本刀の上を歩く伝説はもう終わり」公立の古豪を甲子園に復活させた監督はいかに伝統を変えたのか「広島商の常識は当たり前じゃないんだ、って」
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元永知宏Tomohiro Motonaga
photograph bySankei Shimbun
posted2026/10/13 06:06
今夏まで名門・広島商業を率いた荒谷忠勝監督。公立伝統校を指導する難しさとは
「チームとして何を目指すかということをまとめたのは、広島商業の監督になってすぐのこと。8年くらい続けています。自分たちが何を目指すのか、どこに向かっているのかということを可視化する試みです。昔と比べて、今の生徒は創造力が乏しいので、こういうやり方をしています」
荒谷が率いる広島商業は、2019(令和元)年夏に広島大会で優勝して15年ぶりに甲子園出場。2022年春には、20年ぶりのセンバツ出場を果たした。
2024年秋、31年ぶりに中国大会で優勝、明治神宮野球大会では準優勝。2025年春のセンバツでは準々決勝までチームを押し上げた。
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高校野球を代表する名門校の監督にかかるプレッシャーの大きさは、想像以上のものがあるだろう。しかし、荒谷はこう言う。
「敗退が続くといろいろなことを言われると思うんですが、僕が監督になってすぐに甲子園に行ってくれたので、OBの方々からも温かいご支援、ご協力をいただいており、幸せなことに自分の好きなようにやらせてもらっています。周囲の期待を全部背負ってしまうと大変なんでしょうけど、現場スタッフにも助けられているおかげで基本的には気になりません」
昔と同じことをやろうとは考えていない
広島県には強豪がひしめいている。大正時代から広島商業とライバル関係にある広陵のほか、数多くのプロ野球選手を生んだ広島工業、広島新庄、全国優勝経験のある崇徳などなど。そんななかで、精神を鍛えるために日本刀の上を歩くなど、広島商業の練習の厳しさは伝説となっている。「野球部心得」にはこんな文言がある。
どこにも勝る猛練習こそ広商野球を確立する唯一の方法なり
血の出るような猛訓練あってこそ幾多の球史が樹立されたり
荒谷が言う。
「僕の高校時代の監督は、1973年夏に全国優勝した時のキャプテンだった金光興二さんでした。古き良き時代の広商の先輩なので、厳しくて、妥協を許さない。私生活や普段の心構えについて指導を受けました。でも、日本刀の伝説は昭和で終わっていて、僕たちは経験していません。
伝統的な心構えとか基本姿勢は、広商ならではの素晴らしいものがあります。ただ、それと野球のスタイルや戦い方が直結するかというと違うと考えています。昔と同じことをやろうとは思っていません」

