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「ディープインパクトの単勝に100万円」20年前の凱旋門賞で見た“異様な光景”「日本人に侵略された」現地フランスは諦めムードも…迎えた“まさかの結末”
posted2026/10/04 06:01
ディープインパクトが参戦した2006年の凱旋門賞。現地でも単勝1倍台の支持を集めたが、まさかの結末が待っていた
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島田明宏Akihiro Shimada
photograph by
Getty Images
◆◆◆
私はそのあと日本へ戻り、凱旋門賞が行われる週に再び渡仏した。
9月27日、水曜日、最終追い切りが行われた。騎乗した武豊が言った。
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「今年の調教では一番の出来でした。いい準備ができました。凱旋門賞史上、最初のヨーロッパ所属以外の馬として、栄誉を受けたいです。勝つことが最も難しいレースですが、ディープは充分に資格のある馬。ディープインパクトを世界一にしてあげたい」
ベテラン記者が言った「この時間が終わらないでほしい」
9月27日の2次出走取消後、凱旋門賞の出走予定馬は11頭だった。かなり少ない。
翌28日、出馬投票と追加登録が締め切られ、出走馬はさらに減って、8頭になった。
8頭立ては、1941年の7頭に次ぐ、当時の凱旋門賞史上2番目の少頭数だ。
そうして出走予定馬が少しずつ減っていくのは、ディープインパクトの強さに恐れをなした他馬陣営が、勝ち目のない戦いを避けるためだったかのように、現地では感じられた。
9月29日、金曜日。枠順と騎手が発表された。ディープインパクトの発走枠は2番。
前に馬を置いて折り合いをつけやすい枠だ。ディープインパクトの本番での走りを、より具体的にイメージできるようになった。
「レースが楽しみですね」
私は、朝日新聞の有吉正徳記者に言った。すると、有吉さんがこう返してきた。
「いや、この時間が、ずっと終わらないでほしい」
ベテラン記者にとっても初めて経験する、大きな期待感と高揚感、そして、望まない結果への恐怖感などに全身が包まれる「特別な時間」だったのだ。
凱旋門賞前日の夕方、パリ地域は激しい雷雨に襲われた。
ワイパーが利かないほどの雨に、良馬場を望んでいた私も、同乗していた編集者もカメラマンも口数が少なくなった。
深夜には雨音がしなくなっていた。


