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「色彩が消えるくらい苦しかった」ロッテ唐川侑己が人知れず戦ったイップス「直球だけなぜか…」苦悩の末につかんだ“代名詞”カットボール秘話

posted2026/10/03 06:00

 
「色彩が消えるくらい苦しかった」ロッテ唐川侑己が人知れず戦ったイップス「直球だけなぜか…」苦悩の末につかんだ“代名詞”カットボール秘話<Number Web> photograph by Chiba Lotte Marines

10月3日に引退試合を迎える唐川

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梶原紀章(千葉ロッテ広報)

梶原紀章(千葉ロッテ広報)Noriaki Kajiwara

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Chiba Lotte Marines

 その爽やかな容姿と苦難とは、あまり結びつかない。しかし実際には、現役生活の19年間は常に悩み、もがいた日々だったと言ってもいい。首のヘルニア、腹筋の肉離れ、指の骨折……。右肘痛にも悩み、膝の痛みとも向き合った。

 マリーンズの唐川侑己投手が9月4日、現役引退を発表した。地元千葉の成田高校を卒業し、1年目の2008年には初登板初先発で初勝利を挙げた。この1勝目は、平成生まれのプロ野球選手として初めて挙げた白星でもあった。まさに最高の船出。しかし、その後のプロ野球生活では、苦しいことの方が多かった。

「感覚的には世の中から色彩が消えるくらい、自分の中ではきつかった時期があった」と唐川は独特の表現で誰にもわからない葛藤を表現する。

「何かを変えないと」もがき続けた時間

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 先発ローテの軸としてプロ最多の12勝を挙げた4年目、2011年シーズンもそうだった。

「あの時も肩とか肘が痛かった。最後は我慢しながらなんとか投げた」

 翌年は7月5日までに8勝を挙げ2年連続での二桁勝利は確実と思われたが、その後は故障で二軍落ち。後半戦を棒に振った。

「その後も何度も怪我をした。なにも思うようにいかなかった。なにかを変えないといけないという思いがいつもあった」と振り返る。

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