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「ただ無力感が…」家族を失った東日本大震災の2カ月後に巨人→西武へ…当時は批判殺到も「それは違います」星孝典が語る“人生を変えた”電撃トレード
posted2026/09/19 11:02
東日本大震災があったシーズンに巨人から西武へ電撃トレード。その真相は…
text by

佐藤春佳Haruka Sato
photograph by
SANKEI SHIMBUN
入団時にリアル「巨人の星」として注目を集め、巨人と西武で計12年間プレーした星孝典捕手。今夏は長女の星よつはさん(17歳)が、仙台育英高の学生コーチ兼マネージャーとして甲子園でベンチ入りしたことも話題になった。巨人時代の葛藤、東日本大震災、突然のトレード移籍と家族の絆……。現在は母校・東北学院大の野球部監督をつとめる星孝典氏の波乱万丈の人生を追った。〈全4回の3回目/つづきを読む〉
◆◆◆
2011年3月11日。東日本大震災が故郷を襲ったその日、星孝典はジャイアンツ球場で汗を流していた。クラブハウスのテレビから流れるニュース映像を食い入るように見つめ、宮城県名取市に住む両親に、何度も電話をかけた。
父の命を救った「息子のベッド」
「やっと連絡が取れたのは夜になってから。とりあえず仙台空港に避難しているけれど、家族全員の安否は確認できないままでした。後から聞いた話ですが、消防団の活動をしていた親父は、避難を呼びかけている間に津波が来てしまって集会所の屋根に上って一晩を過ごしていた。
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そこに、たまたま僕が実家にいたときに使っていたソファーベッドが流れて来た。それを引き上げて立てかけ、作った隙間で一緒に上った人たちと身を寄せ合って雪と風をしのいでひと晩過ごしたんだそうです」
少し離れたところにある自宅から偶然流れついた息子のベッド。極寒のなか、濡れた身体を寄せ合う不安な一夜の命綱になったのは、家族の絆だった。
「でも、屋根の上で過ごすその間にも、何人か流されていた方がいて、それを助けてあげられなかった、と後々まで父は悲しんでいました」
津波が奪った祖父母の命
実家に暮らしていた祖父母の安否は不明のままだった。引き裂かれそうな心を抱えたまま、星は二軍で練習を続けていた。3月19日、イースタン・リーグ開幕戦で先発出場したその夜、祖父の死亡確認の一報が入った。その3日後、祖母の死亡も確認された。
