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「ただ無力感が…」家族を失った東日本大震災の2カ月後に巨人→西武へ…当時は批判殺到も「それは違います」星孝典が語る“人生を変えた”電撃トレード
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佐藤春佳Haruka Sato
photograph bySANKEI SHIMBUN
posted2026/09/19 11:02
東日本大震災があったシーズンに巨人から西武へ電撃トレード。その真相は…
「車で逃げたらしいんですが、間に合わなかった。仙台空港の滑走路の奥の方で見つかったそうです。もうね、やりきれない気持ちでした。誰も、何も悪くない。そして僕には何もできない。その場にいなかった後悔と悲しみが押し寄せてきて......」
故郷に帰ることができたのは、震災発生から2週間以上たった3月28日になってから。チームメートやファンに呼びかけて集まった支援物資を車に積み込み、自宅から6時間以上かけて、両親が避難していた名取市の中学校を訪れた。遺体安置所にも駆け付け、祖父母と対面した。
「野球をやるしかない」蘇った祖父の言葉
「色々な方に協力していただいて、どこに何を届けたらいいかということも聞いて物資を持っていくことができました。両親がいた名取の避難所に加えて南三陸にも足を伸ばし、現地の悲惨な現状を目にして町の方ともお話をして……。感じたのは、無力感でした。地元出身の野球選手が行って、物資を届けに来ました、皆さん頑張ってください、と言ったところで何の力にもなれない。自衛隊とかそういう方に比べたら本当に無力なんです」
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胸に去来したのは他の何でもなく「自分は野球をやるしかないんだ」という思いだったという。仙台育英高で入寮するまで一緒に暮らしていた祖父がよく口にしていた「人のためになることを一生懸命しなさい」という言葉が蘇った。
チームに戻った星は、仲間たちの前で自ら口を開いた。
「僕らが今やるべきことは、野球しかない。そんなことをしている場合じゃないという人もいる。心配して現場に行きたいという衝動に駆られる人も多いと思いますけど、僕らは野球で盛り上げるしかないし、野球を通して支援活動や募金を呼び掛けることが唯一できることだと思う。世の中が落ち着いたときに、楽しみの一つや大げさに言えば生きる力になれるように。今を一生懸命頑張りましょう」
震災から2カ月…突然のトレード
プロ7年目、29歳になる星自身の野球人生も、ここで大きな分岐点を迎えた。なかなか一軍で活躍できず、結果を出せない悩みや苦しみというプレーヤーとしての雑念が、すっと消えた。自分にできる野球を、ただ一生懸命やっていく。心の中で大きな軸が定まったような気がしていた。


