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「苦しかったな…というのもあります」PL学園“伝説の名将”の孫が甲子園後に明かしたホンネ…「どんな指導者になりたい?」質問への“納得の答え”
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田口元義Genki Taguchi
photograph bySankei Shimbun
posted2026/08/21 17:00
PL学園“伝説の名将”中村順司の孫で今夏の甲子園に佐野日大の主将として出場した中村盛汰。サラブレッドの胸中はどんなものだったのか
キャプテンは試合で劣勢でも、敗れてもなお顔を上げていた。監督の麦倉洋一が「あれだけ」と、宿命を引き合いに目を細める。
「自分の成績がどうであれ、チームのために動ける人間でした。よくまとめてくれたと思います。あれだけのプレッシャーを感じながらそれができるというのは大したものです。人間的に本当に素晴らしいことですよね」
監督だけではなく、吉沢も千嶋も、チームメートたちが中村を「最高のキャプテン」と述べ、感謝を口にしていた。
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それまで表情を崩すことのなかった最高のキャプテンの顔色は、健大高崎との試合後には少し穏やかになっていたように感じた。
だから、少しだけ彼の心に触れてみた。
――「中村順司の孫」という宿命を背負ってきた高校野球はどうだったか?
「なんて言うんですかね……」今までとは異なる空気感をまとい、中村が口を開いた。
「いろんな意味で注目されてしまって、そのなかで自分のプレーもできなくて。祖父の存在があったからこそここまでこられたんですけど、苦しかったなというのもあります」
表情が物語る。間違いなく、それまでの建前ではなく本音だ。だからこそ、もう一歩、彼の心に踏み込むことができた。
――苦しみとは、「中村順司の孫」ではなく「佐野日大の中村盛汰」として見てもらいたい、葛藤のようなものだったのか?
中村は少し間をおいてから「はい」と軽く頷き、このように結んだ。
「父の『宿命だから』という言葉を思い返して、ここまでやってこられたので。この道を選んで、成長できたかなって感じています」
そして、中村家の遺伝子は育まれる。
彼も「将来は指導者になりたい」と言った。
「どんな指導者になりたい?」質問への答えは…
――どんな指導者になりたいか?
報道陣から質問が投げられる。彼らはきっと「祖父や父のような」という、理想的な答えを求めていたに違いない。
だが、中村はきっぱりと宣言した。
「麦倉監督のような、選手一人ひとりを見て、攻めた采配ができる指導者になりたいです。いつか佐野日大を引っ張って、甲子園に帰ってこられたらいいなと思っています」
PL学園でも日大東北でもなく。
そこには、佐野日大の中村盛汰がいた。

