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「苦しかったな…というのもあります」PL学園“伝説の名将”の孫が甲子園後に明かしたホンネ…「どんな指導者になりたい?」質問への“納得の答え”
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田口元義Genki Taguchi
photograph bySankei Shimbun
posted2026/08/21 17:00
PL学園“伝説の名将”中村順司の孫で今夏の甲子園に佐野日大の主将として出場した中村盛汰。サラブレッドの胸中はどんなものだったのか
Bチーム時代から苦難を知る吉沢悠は、中村の立ち振る舞いに敬意を払う。
「高校に入ってきたときから、ずっと家族のことを言われて苦しいことが多かったし、辛そうな姿もいっぱい見てきたんですけど、本当に弱音を吐かずにやっていました」
1年生の秋からベンチ入り。高校野球のキャリアとしては順調ながら、中村にとってはむしろ試練のほうが多かったくらいだ。
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猛安が今も心を痛めるほどに焼き付けているのが、昨夏の栃木大会の3回戦である。
「自分のせいで先輩を負けさせてしまった」
栃木工戦の8回、2点リードの場面でマウンドに上がったのが中村だった。内野手ながら制球力に優れていたことを評価されての登板だったが、9回に3点を奪われ逆転を許し、佐野日大は4-5で敗れた。猛安の回想だ。
「負けた瞬間の盛汰は、もう涙も出ないくらいの放心状態でした。本人は口に出しませんでしたが、そこから『自分のせいで先輩を負けさせてしまった。もうチームにこんな思いをさせたくない』という気持ちが、新チームになってすごく出るようになりましたね」
その中村の姿勢の根幹にある精神こそ、祖父の順司と父の猛安が、中村が幼いころから説いていた訓示「球道即人道」だった。
PL学園の監督時代から多くの選手に影響を与えてきた格言を、中村は体現した。
「野球っていうのは技術も大切ですけど、それだけじゃなくて運や徳を積むことも大事で。新チームでキャプテンをやらせてもらい『もっと応援されるチームになろう』ということで、挨拶をする、ごみを拾う、室内ではスリッパを並べるとか、そういう細かい部分を詰めるというんですかね。それが『球道即人道』にも込められていまして。そういった小さいことをコツコツとやったことが、結果につながったと思っています」
苦しくとも弱みを見せないキャプテンは、チームメートの痛みにこそ寄り添った。
12年ぶりのセンバツ出場と結果を出したのも束の間、苦楽をともに歩んできたショートの吉沢が左足を故障し、欠場を余儀なくされた。

