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「途中から負ける気がしなかった」“都立初の甲子園”国立高校が起こしたミラクル「相手は王者箕島…でも勝ちたかった」東大でも活躍した鉄腕の告白 

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渋谷淳

渋谷淳Jun Shibuya

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posted2026/08/21 11:12

「途中から負ける気がしなかった」“都立初の甲子園”国立高校が起こしたミラクル「相手は王者箕島…でも勝ちたかった」東大でも活躍した鉄腕の告白<Number Web> photograph by Number Web

国立高校のエースとして西東京大会を投げ抜き、「鉄腕」と称された市川武史さん。のちに東大に進学し、東京六大学野球でも活躍した

王者箕島に敗れた甲子園「1回は勝ちたかった」

 甲子園では初戦で前年に春夏連覇を果たした和歌山県代表の箕島と対戦した。開会式のあった第1日目の第3試合で、国立は0対5で敗れた。この大会で箕島はベスト8に進出した。敗れたとはいえ、初出場で優勝経験のある強豪校と対戦できたのだから幸せだったのではないか。市川の考えはまったく違う。

「いや、甲子園で1回は勝ちたかった。それは今でも思います。こんなこと言ったら怒られちゃいますけど、出場しているチームの半分くらいには勝てたんじゃないかと思ったりするんですよ。もちろんやってみないと分からないんですけど」

 こうして、国立のいつもより長い夏は終わった。それぞれが受験勉強に突入し、市川は一浪して東大の理学部に進んだ。国立野球部からは現役、浪人を含めて東大に進学した生徒が4人に上った。一度は野球に別れを告げた市川は、誘いを受けて1年生秋に野球部に入り、東京六大学野球で卒業までに7勝を挙げた。同じく東大で8勝を挙げた現ニュースキャスターの大越健介は市川の1学年上だ。

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 46年前、名もなき市川が本気で甲子園を目指したように、その後も無名の球児たちが甲子園への夢を追い続けている。国立が甲子園に出場してから19年後、1999年に都立城東が東東京代表として夏の甲子園に出場した。その後、都立高の甲子園出場は2001年夏の城東、03年夏の雪谷(東東京)、14年春の小山台(東京=21世紀枠)と続く。次なる「都立の星」はいつ現れるだろうか。

<全3回/全編は以下のリンクからお読みいただけます>

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「都立の進学校」が甲子園出場の奇跡…“1980年の国立高校”はなぜ強かった?「新入生のうち3人は初心者」「じつは部存続の危機だった」エースの証言
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