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「途中から負ける気がしなかった」“都立初の甲子園”国立高校が起こしたミラクル「相手は王者箕島…でも勝ちたかった」東大でも活躍した鉄腕の告白
posted2026/08/21 11:12
国立高校のエースとして西東京大会を投げ抜き、「鉄腕」と称された市川武史さん。のちに東大に進学し、東京六大学野球でも活躍した
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渋谷淳Jun Shibuya
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身長167cmの小柄なエース、市川武史は3年生を迎えてもパッとしない気持ちだった。前年秋に痛めた肩の調子が思わしくない。それでもエースとして春季大会初戦のマウンドに上がり、2失点で完投して勝利投手となる。ところが試合を終えた直後、監督の市川忠男はいきなり「横から投げろ」と投球フォームの変更を要求した。
「秋のころの球威がないのは自分でも分かっていたので、横投げと言われても納得できました。ショートをしていたときスローイングは横からでしたし。ただ、市川監督は横投げが嫌いなんですよ。それまではすべての投手に上から投げさせていましたから。そういう意味では驚きでした」
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サイドスローに転向した市川は次の試合で敗れるものの、強豪で知られる都立東大和を1失点に抑える。ただ、その後の練習試合では打ち込まれた。悩んだ末、夏の組み合わせも決まったころ、ムービングファストボールを使ってみようと思い立つ。今で言うところのツーシームで、握りを少し変えることで球が微妙にブレる。市川はこれを短期間で習得し、ぶっつけ本番で夏の大会に挑んだ。
延長18回引き分け再試合も一人で完投
不安要素は多かった。それでも初戦、練習試合で2度負けていた都立武蔵村山に2対0で競り勝つと勢いに乗った。もともとコントロールに自信のあった市川はテンポのいい投球で4回戦まで4完投3完封2失点。ツーシームの感覚も徐々につかんでいった。準々決勝では佼成学園と延長18回1対1引き分けを一人で投げ抜き、翌日の再試合でも完投して鉄腕ぶりを発揮した。
普段から200球、300球の投げ込みをしていた市川のスタミナは抜群だった。本人曰く「疲れないかとよく聞かれますけど、疲れちゃダメなんですよ」。監督から「連投できる投手になれ」と言われ続けていたこともあり、このときの市川は「いくらでも投げられる」という感覚だった。

