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「途中から負ける気がしなかった」“都立初の甲子園”国立高校が起こしたミラクル「相手は王者箕島…でも勝ちたかった」東大でも活躍した鉄腕の告白
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渋谷淳Jun Shibuya
photograph byNumber Web
posted2026/08/21 11:12
国立高校のエースとして西東京大会を投げ抜き、「鉄腕」と称された市川武史さん。のちに東大に進学し、東京六大学野球でも活躍した
持ち球はストレート、カーブ、ツーシーム。球速はないが、コントロールが良く、これらを自在に使い分けた。持論は「インコースの使い方が大事」で、サイドスローながらどんどんインコースに投げ込んだ。のちに東大に進学し、東京六大学野球で7勝を挙げたのも、インコースをうまく使った結果だという。
「途中からどの試合も負ける気がしなかった」
大会は優勝候補の筆頭、日大三が準々決勝で姿を消すなどシード校が次々と敗れて優勝争いは混沌とした。そうした中、都立で唯一勝ち残っていた国立は準決勝で堀越を2対0で下して決勝進出を決める。市川はまたしても完封した。
都立が決勝まで進むのは3度目であり、勝利して甲子園に出場したチームはまだなかった。同じくノーシードから勝ち上がった駒大高との決勝は投手戦となり、国立が9回にスクイズと適時打で2点を挙げた。その裏、最後の打者を見逃し三振に打ち取った小さなエースは少し驚いたように笑顔を浮かべた。また完封である。市川は全8試合81イニングを一人で投げ抜いた。
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市川にはよく覚えているプレーがある。決勝点を挙げる直前の8回裏、駒大高の先頭打者に二塁打を許し、無死二塁のピンチで、続くバッターの送りバントを処理して三塁で走者を刺したシーンだ。
「あれは3年生になって朝練で練習していたプレーなんです。まず、サインプレーで二塁に2回牽制する。そのあとスローカーブを投げて、三塁側にバントをさせて自分が処理して三塁で走者を刺す。あまり取り上げられませんけど、自分としてはあれが一番素晴らしいプレーだったと思います。甲子園の箕島戦では、同じプレーをして牽制で走者を刺しました」
あらためて問おう。国立はなぜ甲子園に出場できたのか。はっきりした答えは市川も持ち合わせていないが、当時の心境を次のように振り返った。
「1回戦は苦しかったんですけど、途中からどの試合も負ける気がしなかった。絶対に勝てると思っていたわけじゃないけど、みんなと話していても『点を取られなければ負けないよね』という感じでした。延長18回のときもサヨナラ負けのピンチが何度かありましたけど、動じることはまったくなかった。ノースリーになっても全然平気なんです。なんの不安もない。なんなんでしょう。みんながゾーンに入っていたということなのか。なんであんなに落ち着いていられたのか、今でも不思議なんですよ」

