甲子園の風BACK NUMBER
「都立の進学校」が甲子園出場の奇跡…“1980年の国立高校”はなぜ強かった?「新入生のうち3人は初心者」「じつは部存続の危機だった」エースの証言
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渋谷淳Jun Shibuya
photograph bySankei Shimbun
posted2026/08/21 11:10
1980年夏の甲子園に出場した国立高校。自由な校風で知られ、多くの卒業生が国公立大学や難関私立大学に進学する
1年時は初戦敗退…長く、苦しい夏が始まった
「市川監督と、羽村幸男さんというコーチがとにかくチームを強くして勝ちたいという熱意にあふれた指導者でした。『甲子園に絶対に出るぞ!』とまで言われた記憶はありませんが、とにかく厳しい。目標は強豪校に一泡吹かせるくらいのイメージ? いや、それより上はいっていたと思いますね」
羽村も監督と同様、高校卒業後も社会人まで野球を続けた数少ないOBの一人だった。優秀な2人の指導者に加え、やはり市川たちの代には力のある選手がいた。市川や名取ら1年生の何人かは3年生に混じって夏の大会から試合に出た。それでもその夏、国立は西東京大会をあえなく初戦敗退で終える。同じく都立の伏兵、野津田高に2対3で惜敗した。負け投手は途中から登板し、決勝点を献上した市川だった。
前年度、国立は5回戦進出、ベスト16の成績を残していた。夏の予選に初戦で敗れ去るのは6年ぶりだった。監督は当然不満だった。来年に向けてこの1年生たちを鍛え抜くしかない。そう心に誓ったことだろう。市川たちの長く、苦しい夏が始まった。
<続く>
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