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「トップチームへの昇格は…」監督から突然の宣告…鎌田大地に勝った“四国の天才”がぶつかった「まさかの壁」とは?「言葉が耳に入ってこなくて」
posted2026/08/09 06:02
小学校時代には「日本代表の司令塔」鎌田大地を破ったこともある清川流石。同じ四国の「天才少年」たちが描いた各々の軌跡とは?
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NumberWeb編集部Sports Graphic Number Web
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FC TIAMO
「正直、高校3年の時はトップチームに上がれるもんだと思ってプレーしていましたから」
そう語るのは、小学校時代から現日本代表・鎌田大地(クリスタルパレス)のライバルとして“四国の天才”と呼ばれた清川流石だ。ジュニアユース時代には年代別の日本代表候補にも選出された彼がぶつかった「壁」とは何だったのか。
「なんで?」昇格を告げられるはずが…
愛媛FCの下部組織でエースとして育った清川は、高校2年時のクラブユース選手権でベスト8まで進出。3年目には夏のクラブユース選手権でもグループリーグを突破し、ゴールとアシストで結果を出し続けた。トップチームのキャンプにも参加し、練習試合にも出場していた。誰もが「昇格」を確信していたはずだった。
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だが、突然監督に告げられたのは「昇格を見送る」という宣告だった。
「もう、びっくりして全然言葉が耳に入ってこなくて」
チームからは「今のまま上がっても……」と理由も説明されたという。しかし衝撃が大きすぎ、当時の清川にはその言葉がほとんど届かなかったという。
挫折を味わった清川は、びわこ成蹊スポーツ大学へと進学することになる。
大学では1年時から主力として活躍し、3年時にはチーム史上初となる関西学生リーグ制覇も達成。キャプテンも務めるなど、名実ともにチームを牽引した。しかし、その結果を額面通りに受け止めきれない感覚が清川の中には常にあった。
「関西リーグで10点取っても、J1で1点取る方が価値がある。そう思ってしまって」
その感覚の背景にあったのは、かつてのライバルの躍進だった。
一度はガンバ大阪でユース昇格を見送られた鎌田が、京都・東山高校を卒業して2015年にサガン鳥栖へ入団。J1デビュー戦でいきなりゴールを決め、2017年にはブンデスリーガのフランクフルトへの移籍まで果たしたのだ。
「地元で一緒にサッカーをやっていた選手がそんな舞台に行くとなれば、誰もが意識はしてしまうでしょう。当然、悔しい気持ちはありました」
テレビ画面の中で躍動するかつてのライバルを見ながら、清川は気持ちを押し殺し、関西の学生リーグで戦い続けた。そして2019年、学生時代の活躍を評価した古巣・愛媛FCから声がかかり、4年遅れでようやくプロの世界へたどり着く。
だが、そこで清川を待っていたのは「あまりにシビアなプロの世界のリアル」だった。昇格を見送られた本当の理由とその後の葛藤の全貌は、本編にさらに詳しく描かれている。
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この文章の本編は、以下のリンクからお読みいただけます。
