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「公園でサッカーしてこい」あの鎌田大地が勝てなかった“四国の天才少年”がぶつかった「プロの壁」とは何だった? 本人が気づいた“意外な事実”と現在地
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別府響Hibiki Beppu
photograph byShiro Miyake
posted2026/08/03 11:02
現在、JFLのFCティアモ枚方に所属する清川流石。かつては日本代表の司令塔も破った男の現在地とは?
W杯の余韻がまだ残る、7月下旬。
取材に訪れた関西地方のグラウンドで、清川は35度を超える酷暑の中で大きな声を上げながらチームメイトを鼓舞していた。周囲にはもちろん観客はいない。ピッチで選手たちがコミュニケーションをとる声だけが聞こえてくる。
午前中にチーム練習を終え、午後からは一般業務にかかるという。
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傍から見れば、サッカー選手として恵まれた環境と言えるわけではない。
清川自身が「プライドは高い」と自認しているように、Jリーグから契約満了になった時点でサッカーから離れる選択肢もあったはずだ。それでもいま、清川はまだボールを蹴り続けている。
「なんででしょうね……自分だけだったら辞めていたと思うんですよ。でも、僕にとってサッカーって自分一人の夢じゃないという現実があって。小学校2年生の時に両親が離婚して、そこから父が男手一つで育ててくれて。サッカーを続けるだけでも食事や送迎で大変な中で、大学まで行かせてもらった。だから父や、他にも関わってくれた人の想いも乗っていて、簡単に辞めてたまるかという気持ちと、簡単に辞められないよなという思いがまだまだあるんですよね」
「アーセナルは現実的には難しい。でも…」
今年で清川は30歳になった。チームでは、すでにベテランの域に入った。
「年齢的に見ても段々厳しくなっていくのは事実だと思います。でも、上に行く可能性がある限り、求めてくれるチームがある内は、サッカーは続けたいと思います」
そんな話の最後に――かつての“天才少年”は、フフッと笑ってこんな言葉を付け加えた。
「まぁアーセナルに行くのは、現実的には難しいでしょうけどね……なんとかもう一度Jリーグの舞台に戻りたいと思っています」
昨季、FCティアモ枚方からは4人の選手がJリーグのチームへと移籍していった。もちろん清川にも、まだ可能性は残されている。

