サッカー日本代表PRESSBACK NUMBER

「公園でサッカーしてこい」あの鎌田大地が勝てなかった“四国の天才少年”がぶつかった「プロの壁」とは何だった? 本人が気づいた“意外な事実”と現在地 

text by

別府響

別府響Hibiki Beppu

PROFILE

photograph byShiro Miyake

posted2026/08/03 11:02

「公園でサッカーしてこい」あの鎌田大地が勝てなかった“四国の天才少年”がぶつかった「プロの壁」とは何だった? 本人が気づいた“意外な事実”と現在地<Number Web> photograph by Shiro Miyake

現在、JFLのFCティアモ枚方に所属する清川流石。かつては日本代表の司令塔も破った男の現在地とは?

 そしておそらくそれは、そのまま清川がユースからトップチームに上がれなかった理由でもあった。ただ点が取れる、ただドリブルができる、ただ人より上手い……それだけでは、おそらくプロの世界で評価を得ることはできないのだ。

 清川にとって不幸だったのは、そういったことを考えなくともユースレベルでは活躍できてしまうほどに清川の個としての技術レベルが高かったことだ。しかも、清川は自分で自分を鍛え上げられるストイックさも持ち合わせてしまっていた。結果的に、プロという高いレベルに辿り着くまで、その課題に気付くことができなかった。

「僕がやってきたサッカーって……間違っていたのかな」

「例えば僕が出したパスがつながったとして、それは僕の中でプレーとして成立しているんですけど、それが監督の思い描くところに出してないパスであれば、それはミスなんです。

ADVERTISEMENT

 プレー自体は成功している。でも、監督はもう1個前にパスを出してほしいと思っている。もうワンテンポ早く右足にボールをつけてほしかったと思っている。だとすれば、監督が思っているプレーと、僕が成功したと思っているプレーのギャップが分からない限り成長できない。そういう話を監督から繰り返しされて『ああ、僕がやってきたサッカーって……間違っていたのかな』と」

 清川はここまで点を取って、チームを勝たせることこそが正義だと思ってサッカーを続けてきた。そして、それ自体が間違いというワケではないことも問題をややこしくした。ただ、少なくとも当時の愛媛FCにおいては、その考え方は是とされなかった。

 そしてそうである以上、清川は試合に出られる“枠”の外にいることを意味していた。

「そう気づくことができれば、1カ月や2カ月でそれを行動に移せる選手もいると思います。でも僕、どちらかというとプライドが高くて自分の信念を曲げたくない選手だったので……結局、そこまで嚙み砕けるのに丸々1年かかってしまいましたね」

 それでも1年間かけて、首脳陣のサッカー観を学び続けた。先輩選手を積極的に食事に誘い、「チームが自分に求めるもの」が何かを吸収しようとした。結果的に、入団した2019年シーズンには全く出られなかったリーグ戦で、翌2020年シーズンには16試合に出場できるまでになった。

「ただプロになって活躍している選手というのは、少なからず若いころからそういう部分を理解しようとしている選手が多いと思います。一言で言えば“頭の良さ”ということになるんでしょうけど……それが僕は本当に足りていなかった。一番は試合に出ながらそれを理解して、修正できれば良かったんですけど、僕はプロ入り直後にはその土俵にすら立てなかったので」

【次ページ】 重要なのは…「常に疑問を抱き続けること」

BACK 1 2 3 4 NEXT
#清川流石
#鎌田大地
#川井健太
#愛媛FC
#おこしやす京都AC
#飛鳥FC
#FCティアモ枚方
#アーセナル
#北中米W杯
#ワールドカップ

サッカー日本代表の前後の記事

ページトップ