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プロ野球PRESSBACK NUMBER
野茂英雄「191球16四球で完投」1994年の近鉄で起きた驚きの事件は“罰投”だったのか?「とにかくマウンドを降りるのがイヤなヤツなんです」
text by

喜瀬雅則Masanori Kise
photograph byKoji Asakaura
posted2026/06/29 11:00
野茂英雄がMLBに挑戦する前年、1994年の近鉄では何が起きていたのか?
とにかく、マウンドを降りるのがイヤなヤツなんです
「野茂の場合、いつも完投したがったんで、140球くらいは平気やったんです。時代的にも、120球から130球くらいでの完投も普通だったんで、191球ですか? 球数自体は別に、まあ、四球、四球、四球と三振の嵐ですよね。とにかく、マウンドを降りるのがイヤなヤツなんですよ」
野茂は、日本での5年間で134試合に先発しているが、うち、1試合で150球以上を投げたことが26試合あり、10球ごとで区切ると最も多いのは140球台の35試合。191球は当然、野茂にとっても“最多球数“なのだが「アイツは全然、それくらいは投げるんです。スピードも落ちないですから」という光山の証言も、こうしたデータがしっかりと裏付けている。
191球完投時の試合展開を見ると、西武に1回、押し出し四球を含め2点を先制されたが、近鉄は3回、同点に追いつき、6回に勝ち越し、7回に2点を追加して、リードを3点差に広げている。この時点でもう、継投に入っても大丈夫なはずだ。
俺が一人で投げる
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ただ、近鉄はその頃、未曾有の大逆襲のゾーンに入っていた。
6月16日の時点で、19勝34敗1分けの最下位。移動日を挟んで同18日、当時の近鉄オーナー・上山善紀の故郷である新潟・長岡で行われた日本ハム戦で、野茂が7回を無失点、146球を投げて勝利投手になると、そこから同28日まで7連勝。
さらに7月に入ると、5連勝、3連勝、3連勝、そして7月26日から8月10日まで、近鉄球団史上最大となる「13連勝」で首位に立つという驚異の快進撃。だから、7月1日はそれこそ、夏の逆襲劇の真っ只中だった。
勝ちゲームも増え、ブルペン陣の疲労も積み重なっている。
だから、俺が一人で投げる。
〈つづく〉
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