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1994年「野茂英雄の191球」と2016年「藤浪晋太郎の161球」は見せしめか期待の表れか…その共通点と相違点「野茂は投げろといったら投げるんよ」

posted2026/06/29 11:01

 
1994年「野茂英雄の191球」と2016年「藤浪晋太郎の161球」は見せしめか期待の表れか…その共通点と相違点「野茂は投げろといったら投げるんよ」<Number Web> photograph by Naoya Sanuki(L)/Hideki Sugiyama(R)

野茂英雄と藤浪晋太郎が22年の時を経てともに物議をかもした「球数問題」とは何だったのか

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喜瀬雅則

喜瀬雅則Masanori Kise

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Naoya Sanuki(L)/Hideki Sugiyama(R)

1995年、野茂英雄は海を渡りドジャースに入団。彼が切り開いた道が、のちのイチロー、松井秀喜、松坂大輔、そして大谷翔平までつながった。しかしそれはなぜ可能になったのか? 野茂が“革命”を起こす前年に近鉄で起きていたことを当時の関係者の証言で丹念に解き明かしたノンフィクション書籍『革命前夜 追憶の近鉄バファローズ1994』が発売となった。首脳陣と野茂の間の微妙な緊張関係とは……。この年起きた「191球完投事件」の顛末を、本書から紹介する。〈全2回の2回目/前編へ

 普段、決してメディアには友好的ではない野茂だったが、その“エースの気概”を持つ男だったことだけは、そのパフォーマンスを見ても、周囲からの評判を聞いても間違いない。

 かつての僚友・佐野重樹(現・慈紀)も、こう証言する。

「やっぱり、野茂もフラストレーションがたまっていたから、意地でも投げるよ。でもこっちにすれば、変なところで安心感があるというのかな、野茂は投げられるんよ。191球でも、投げろといったら投げるんよ」

開幕戦では交代させたのに

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 その“191球の激投”を後押しするかのように、石井浩郎は9回にダメ押しの本塁打を放っている。奇しくもあの開幕戦と同じ「3ラン」だった。

「その試合、西武球場でしょ? やたら長いし、16も四球を出して、よく勝ちましたよね。でも、開幕戦は代えたのに、なんで、その試合、代えないんだろね」(石井)

 その皮肉交じりの述懐は、正直なところ、私も同感だった。

 今なら、一人の投手に「191球」を投げさせた監督は、間違いなく世間から大バッシングを浴びるだろう。しかし、当時はまだ、独自の調整法を貫き続けている野茂に、監督の鈴木啓示がある意味での“お灸を据えた”というニュアンスで報じる向きすらあった。

【次ページ】 藤浪晋太郎「161球事件」

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