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久保建英、菅原由勢らと代表でも活躍…18歳で「日本一の10番」になった男はなぜプロになれなかった? “広島の快速FW”を襲った「ある異変」の正体
posted2026/06/22 06:00
アンダー世代ではW杯代表である久保建英、菅原由勢らとともに活躍した桂陸人。なぜ彼はプロになれなかったのだろうか?
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NumberWeb編集部Sports Graphic Number Web
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AFLO
北中米W杯が開幕する前年のこと。スタンドから、日本代表の戦いを見つめていた男がいた。
桂陸人、25歳。昨年10月のブラジル戦を東京スタジアムで観戦した彼の胸中には、試合後こんな想いが湧いてきていた。
「嬉しい気持ちと一緒に、悔しい気持ちがめちゃくちゃ溢れてきて……泣きそうになっちゃって」
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「もしかしたら、自分もあの場所にいたかもしれない」
そんな感情が、沸々と吹き出していた。
18歳で日本一…代表で久保・菅原と肩を並べた男の軌跡
桂は、サンフレッチェ広島のユースチーム出身である。
小柄ながら圧倒的なスピードとアジリティを武器に、常に世代の先頭を走ってきた選手だった。U15からU18まで全世代で日本代表に選出され、久保建英、菅原由勢、瀬古歩夢、中村敬斗ら、今夏のW杯メンバーと同じピッチに立ち続けた。
2018年、高校3年時の高円宮杯では、背番号10を背負って決勝で鹿島アントラーズユースを2-1で下して全国制覇。名実ともに「世代トップ」の評価を手にした。
もちろんその歩みは順風満帆だったわけではない。高校時代には壁にもぶつかった。
「中学時代までは足の速さや、身体の強さといった、シンプルな運動能力の高さで押してこられたんです。でも、他の選手の成長期ともぶつかって、それだけでは突出することができなくなってしまった」
そこで彼が目を向けたのが、基礎技術のトレーニングだった。
サッカーを始めたのが小学4年生と遅かった分、ドリブルやボールコントロールに本格的に向き合ったことがなかったという。その取り組みが実を結び、3年生になる頃にはチームの中心へと返り咲いていた。
高校卒業後は、満を持してトップチームへ。そして、そこから世界で活躍し、ゆくゆくはサムライブルーの一員へ――。そう桂が考えることも当然のことだったと言える。
ところがそんな未来図は、現実のものにはならなかった。
果たして「日本一の10番」を襲った“試練”とは一体どんなものだったのか。そこで彼が気づいたこととは何だったのか――。その詳細は、本編で詳しく描かれている。
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この文章の本編は、以下のリンクからお読みいただけます。
