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[出陣インタビュー]冨安健洋「全て意味があったと言えるように」
posted2026/06/14 09:00
text by

豊福晋Shin Toyofuku
photograph by
Masahiro Ura
張り巡らされた運河のほとりで、いくつもの橙色のユニフォームが陽光を浴びていた。
散策しているとふいに現れる、巨大なファンダイクのポスター。初夏のアムステルダムはワールドカップ色に染まっていた。
今年1月にアヤックスに移籍してから半年が経とうとしている。冨安健洋はこの街で2度目のW杯にむけた最後の日々を過ごしていた。
カタールW杯からの3年半はあっという間に過ぎ去った。今大会までの道のりを振り返る時、冨安の頭に浮かぶのは負傷で離れていた時間のことだ。
2024年夏、アーセナル時代に負った怪我との戦いは簡単には終わらなかった。試合日には、本来ならそこに自分がいるはずのチームを外から眺めた。
「2年弱。それくらい負傷で離れていました。まあ、長いですよね。2年弱サッカーをしないという経験をするサッカー選手がどれだけいるかといえば、たぶんそれほどはいないじゃないですか」
淡々と振り返るその表情は柔らかく、そこに悲壮感はない。アヤックスでの終盤戦では出場機会が少なかったものの、日々上がるコンディションに手応えを感じている。
もちろん、描いていたW杯への歩みではなかった。2年前の夏、アーセナルのプレシーズンが始まって3日目の練習でのことだった。膝が急に腫れはじめた。すぐにMRIを撮った。結論は手術。日本での手術を望んだが、結果的に認められなかった。アーセナルに限らず、この規模の欧州ビッグクラブにとって自らのメディカル部門の診断と決定は絶対で、選手の意思が通らないことも多い。手術することが決まってからもしばらくの間、待つ日々は続いた。結局ロンドンで傷んでいた軟骨の手術を受けるも、フラストレーションは溜まった。'25年2月には再び右膝の手術を受けた。
こちらは雑誌『Number』の掲載記事です。
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