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「W杯日本代表史上初のキャップ1で選ばれた男」塩貝健人(21歳)とは何者か? 目標は得点王「大会で一番、点が獲れるように」ビッグマウスの真意
text by

二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byKiichi Matsumoto
posted2026/06/12 17:05
日本代表史上初めてキャップ1でW杯本大会メンバーに選ばれた21歳のストライカー・塩貝健人
「日々の行ないの先に、試合の先に、ワールドカップがあると思ってやってきました」
欧州5大リーグで名を上げることができれば、ワールドカップへの可能性に1%でも近づける。ドイツではなかなかゴールを奪えなかったとはいえ、後半からチームにエンジンをもたらす存在として重用され、高いモチベーションを維持した。自分を見失わず客観的に己を見つめられるのが塩貝でもある。
得点にこだわりつつも、守備のミッションを頭から外すことはない。「頑張ること、戦うことは自分のベース」と言い切る。それはあのアイスランド戦でも同じであった。
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チャンスは何度もあるわけじゃない。一度つかめなかったら終わり、の感覚が彼にはある。そうやってキャリアを歩んできたし、だからこそ下剋上のようにどんどんステップアップできた。必死になってつかもうとするから、あの迫力とあのエネルギーが出る。
たとえ自分自身、納得できる結果が出なかったとしても、チャンスがまだ残っているなら食らいつくだけだ。
塩貝の心に響いた“恩師の言葉”
ヴォルフスブルクが2部降格となり、激しい悔しさに襲われながらもワールドカップへとすぐに気持ちを切り替えられたのは恩師の一人、慶大1年時に指導を受けた淺見友峰さんからメッセージをもらえたことも大きかったという。
「人間万事塞翁が馬だぞ」
良くない経験が良いことにつながり、良い経験が良くないことにつながる。すなわち人生の禍福は予想がつかないため、一喜一憂せずに信じる道を往くだけ。塩貝の心に、やけに響いた。
頑張ること、戦うことのベースは、恩師の指導なくして成立しなかった。大学1年生のとき攻撃ばかりに目を向けていた自分の意識が変わったからだ。
塩貝は言った。
「恩師ということでは國學院久我山の李(済華)さん、慶應の中町(公祐)さんはじめ、会うべき人に会うべきタイミングで指導してもらうことができましたが、淺見さんがいなかったら、自分は潰れていたと思います。衝突もしましたけど、変わるきっかけを与えてもらえましたから。久しぶりにメッセージをいただけて、嬉しかったですね」
アイスランド戦の悔しい気持ちも、本大会への養分へと転化されたに違いない。
結果を出してやる――。
みなぎる塩貝健人のエネルギーが、日本代表そのもののエネルギーとなる。

