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オリンピックへの道BACK NUMBER
「リフトが怖い…」ペア転向直後、三浦璃来がじつは語っていた“恐怖心”「海外ではホームシックになっていた」シングル時代のコーチが明かす、知られざる過去
text by

松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byAFLO
posted2026/06/07 11:00
木原龍一とのペア結成1年目、NHK杯で演技する三浦璃来
「シングルでどこまで…」ペア転向の裏側
翌2015-2016シーズン、三浦はペアに転向し、市橋翔哉とともに活動を開始する。
「シングルは力のある選手がすごく多いというところで、シングルでどこまでいけるかを考えたとき、ちょっと難しいんじゃないかなっていう悩みはありましたね。オリンピックで団体戦の採用が決まったこともあり、ペアも選手が必要になってトライアウトなども実施されるようになりました。僕から勧めたかははっきり覚えてないんですけど、市橋も僕が指導していたこともあって、2人でトライアウトに行かせていました」
三浦と市橋は世界ジュニア選手権に出場するなど活動を続けた。ただ、競技環境という点で厳しい面があったという。まず、ペアを本格的に教えられる指導者が国内にいないため、海外の指導者に教わる必要があったが、万全な態勢ではなかった。
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「学校に行かなければいけないということで、海外に住むわけにはいきませんでした。そのため夏休みや冬休みに合宿で海外に行って学んで、帰ってきたら自分たちで復習しながら練習しなければいけませんでした。今だったらZoomやFaceTimeでレッスンを受けられますけど、当時はそういうこともできません。合宿と、あとは試合前に海外に行って見てもらうという形で、効率の悪い練習だったと思います」
じつは何度も語っていた「リフトが怖い」
その中で、本田も自分のできる範囲については指導にあたった。
「2人でやるサイドバイサイドのジャンプだったり、スケーティングの部分ですね」
しかしペア本来の練習での指導不足は否めなかった。そのほかにも気になることがあったと言う。
「璃来は、海外に行ったときにホームシックのようになっていて、2、3日おきに電話が来たりしていました」
何よりも、今後を考えるとき、壁となっていたことがあった。
「璃来のリフトに対する恐怖心です。けっこうリフトで落下することもあって、リフトに恐怖心を持つ部分がありました。『リフトが怖い』と何度も言っていました。ペア自体をもうやめようかな、という感じだったのはたしかです」

