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落合博満が認めた「お前との勝負は三振でいい」“落合の天敵”盛田幸妃とは何者だったのか? 大酒飲みの無頼漢が“奇跡のリリーバー”と呼ばれるまで 

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松永多佳倫

松永多佳倫Takarin Matsunaga

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photograph bySankei Shimbun

posted2026/05/30 11:20

落合博満が認めた「お前との勝負は三振でいい」“落合の天敵”盛田幸妃とは何者だったのか? 大酒飲みの無頼漢が“奇跡のリリーバー”と呼ばれるまで<Number Web> photograph by Sankei Shimbun

横浜時代の盛田幸妃。シュートを使った強烈な内角攻めで、落合博満をはじめ右打者に対して無類の強さを誇った

 入団してからの3年間はほとんどファーム暮らし。若き日の盛田は186cmの身長と鋭い顔つきのせいか、パッと見は“いかつい兄ちゃん”だったが、一度心を許した相手にとっては気さくなヤンチャ坊主だった。

「1年目の5月に一軍に行っているんだけど、35歳以上のベテランがたくさんいて、年寄りの墓場かと思った。気を遣うのが面倒臭いし気持ち悪いから、早く打たれて二軍に帰りたかったよ」

 初めて取材したとき42歳だった盛田は歯に衣着せぬ性格で思ったことを遠慮なしに言う、豪胆そのものの野球人だった。その気質は10代の頃からまったく変わっていないという。

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「ファームにいる間、グラウンドキーパーから寮長まですべての人が俺のことを“人間的にダメ”って言っていたから。例えば、ファームでピンチになってコーチがマウンドへ来たときに『なんだよ、やっと気合いが入って面白くなるところなのに、やる気なくすな』とか言えば、そりゃコーチも怒るでしょ。だからファームでいくら好投しても、上から声がかからない」

あの落合博満を“打率.180”に抑えた天敵

 5年目の1992年に転機が訪れる。オープン戦期間中に登板機会が回って来ないため、二軍で調整登板をしていたときだ。少し握りを変えてシュートの練習をすると、感覚がいい。今でいうツーシームだ。二軍戦でこのシュートを試しに投げたところ、バッターはみな空振りかどん詰まりのゴロに倒れた。このシュートを会得したことで開幕一軍入りを果たす。

「三振取るタイプじゃないから、シュート放って1球で終わることもあるし、勝ち星もあるし、中継ぎに回って面白くてしかたがなかった」

 ファームでくすぶっていた盛田は息を吹き返したように投げまくった。基本1、2イニングだが、時には3、4イニングのロングリリーフもこなした。1993年は52試合に登板し、14勝6敗2セーブ。中継ぎでありながら規定投球回を超える131回3分の2を投げ、防御率2.05で最優秀防御率のタイトルを獲得した。

 史上唯一となる3度の三冠王に輝いた落合博満は、現役時代に最も苦手だった投手として盛田の名前をあげている。対戦成績は50打数9安打、打率にして.180。まさに“落合の天敵”だった。

「落合さんと話したことがあるんだけど、『お前で怪我をすれば、俺のタイトルの目論見はパーになる。お前との勝負はただ見逃して三振したところで他のピッチャーから打てば4の3。十分だろ』って。それくらい割り切っている人だからね。実際、落合さんには当ててないから。当てるのは年間6、7個でシュートでは1、2個。気分が悪いときとか、“こいつ、むかつくなあ”と思ったときしか当てないから(笑)」

【次ページ】 毎晩のように飲み歩き…球界関係者も呆れた

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