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プロ野球PRESSBACK NUMBER
「王さんみたいに三かん王をとりたい」夢見る少年だった城島健司が今実感する王貞治の凄み「王さんは“一人何役”もやって強いホークスを築いた」
text by

喜瀬雅則Masanori Kise
photograph byHideki Sugiyama
posted2026/05/23 17:02
現在はCBOを務める城島(左)は、小学生時代から王(右)に憧れ続けてきた
そこは、ドームにやって来たお客さんたちがバスやタクシーを乗降する場であり、ドーム正面にあるショッピングモールとの結節点であり、王貞治ベースボールミュージアムが入るエンタメビル「BOSS E・ZO FUKUOKA」の左横。つまり、観戦に来たファンや家族連れ、子供たちが必ずといっていいほど、行き来する場所でもある。
「あの人、誰なん、お父さん?」
「あれは王さんっていって、今、会長なんだけど、監督だったんだよ」
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「あの横は?」
「小久保監督の前の監督さんで、秋山さん、工藤さんだよ」
そんな会話が繰り広げられている光景が、城島の脳裏には浮かんでくるという。
100年経っても引き継がれるホークスのカルチャーに
「こんな感じになるんじゃないですか。それがホークスファンのプライドであってほしいんです。それを聞いた子供たちが、今度は30年後、50年後、自分の子供を連れてドームに来て『あの人は誰?』って聞かれたら『柳田悠岐っていうんだよ』と。100年くらい経っても、それがホークスのカルチャー。こういうのを引き継いでいってほしい。
王貞治っていう人は、こういうことをして、というのをしっかり未来に伝えていきたいんです。それを知った上で、新しい方向、新しいことへチャレンジして、変えていくっていうことは、僕はそれに対して何とも思わないし、それが当たり前。僕らが今から繋いでいかなければいけないのは、優勝の回数とかは勝手について来るもので、こうやって王貞治がやってきたカルチャーみたいなものを、しっかりと次の世代に伝えていくこと。それが僕の大きな任務だと思っています」
弱かったダイエーを日本一に導き、ダイエーの経営難から、ソフトバンクへの球団譲渡という、激動の日々も経験した。WBC第1回日本代表監督として初代世界一に導き、胃がんに倒れながらも、再びユニホームを着た。勇退後はフロントに入り、3軍制、4軍制へと拡大したのは、育成のすそ野を広げていくという王の理想がベースにある。万年Bクラスのホークスが常勝軍団へと生まれ変わっていくその歴史は、王の存在なくしては語れない。
城島は、あの「ジャッキー・ロビンソン・デー」で感じた“歴史の重み”を、今度は福岡で「89」という、不滅の番号に込めたのだ。
「89を着る選手たちがいる。ファンにも89が配られる。その当日を迎えて、その光景を見る。僕はもう、たまらない。早く見たいです」——。
〈全2回の2回目/はじめから読む〉


