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プロ野球PRESSBACK NUMBER
「ホークス版のジャッキー・ロビンソン・デーに」城島健司が王貞治を称える原点…プロ入り拒否も強行指名で「学校に王さんが来るって大騒ぎに」
posted2026/05/23 17:01
城島健司のプロ野球人生は常に王貞治とともにあった。「王貞治レガシーデー」を前に、発案した城島が王への思いを語る
text by

喜瀬雅則Masanori Kise
photograph by
KYODO
メジャーリーグでは「4月15日」を「ジャッキー・ロビンソン・デー」と定め、その日の試合では、全球団の選手たちが、ジャッキー・ロビンソンの背番号「42」をつけたユニホームを着てプレーをする。
1947年4月15日、ブルックリン・ドジャースのジャッキー・ロビンソンが、黒人初のメジャーリーガーとしてデビュー。まだ「カラー・バリア」が暗黙のうちに存在していたその時代、スタンドからだけでなく、相手ベンチから、そしてグラウンド上の選手たちからも、それこそ公にできないような口汚い言葉を何度も浴びせられながらもロビンソンは耐え、己のパフォーマンスで周囲を圧倒した。デビューイヤーには新人王、1949年には首位打者とMVPを獲得するなど、その高き運動能力と崇高な精神力によってMLBに新たなる地平を開いた、偉大なる野球人である。
その背番号「42」は、ロビンソンのデビュー50年となる1997年、全球団で永久欠番となった。2004年には「ジャッキー・ロビンソン・デー」が制定され、2007年から一部の選手が4月15日に「42」をつけてプレーしていたのだが、2009年からはMLBの全30球団・全選手が「42」の背番号でプレーすることになった。
城島健司が「42」を背負った日の感動
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2009年は、城島健司にとって、メジャーでの最終年となる4年目だった。背番号「42」を背負ったその日の感動を、城島は今も忘れないという。
「嬉しかったです。メジャーリーグに来た、っていうのかな。これをつけて、メジャーリーグの一員になれた、っていうんですかね。もう多分、何万人、何十万人ってメジャーリーガーになっているんでしょうけど、その中の一人になれたという誇りですね」
先人たちの思いを脈々と繋いでいくメジャーリーグの伝統に触れ、その歴史の重みをズシリと感じることができる厳かな瞬間に、一プレーヤーとして身を置くことができた。この何物にも代えがたい体験こそが、今回、城島が発案したプランの“原点”にある。

