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プロ野球PRESSBACK NUMBER
「ホークス版のジャッキー・ロビンソン・デーに」城島健司が王貞治を称える原点…プロ入り拒否も強行指名で「学校に王さんが来るって大騒ぎに」
text by

喜瀬雅則Masanori Kise
photograph byKYODO
posted2026/05/23 17:01
城島健司のプロ野球人生は常に王貞治とともにあった。「王貞治レガシーデー」を前に、発案した城島が王への思いを語る
王さんはもはや「博多が故郷」
王貞治は、もはや“博多の人”だと言っても大袈裟ではない。
「あの『ジャッキー・ロビンソン・デー』のときに思ったように、こうやって、ホークスの歴史が37年経った今、王貞治が健在で、球団にいるときっていうのが、僕はタイミングだと思っていました。王さんが、ジャイアンツでの在籍をホークスで超えて、野球では一番長くいる“故郷”だということも含めて『福岡にホークスあり』と根付かせた大きな影響力のあった人だと思うんです。その王貞治を福岡の人が称える。称えるっていうと、王さんはそれが好きではないので、ホークスが福岡で根付いたように『89』という番号が、福岡では特別な番号であってほしいんです」
だから、城島は今回、ホークス版の“ジャッキー・ロビンソン・デー”として「王貞治レガシーデー」を企画、立案し、その実現へ向けて、自ら先頭に立って動いてきたのだ。
城島の王貞治への思いとは
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城島は、メジャーから2010年に日本へ復帰、2012年に阪神で現役引退した後、しばらく野球界から距離を置いていた。趣味の釣りはプロ級で、福岡のテレビ局で自らの冠がついた釣り番組まで持っていた。その悠々自適の日々にピリオドを打ち、プロとしてのスタートを切り、飛躍を遂げた古巣・ホークスへ舞い戻ったのは2020年のことだった。
ユニホーム組といわれる監督、コーチには「全く興味がなかった」という城島が選んだ新たなるキャリアは、チーム作りを手掛ける編成部門、強い組織を作ることだった。その肩書は「球団会長付特別アドバイザー」で、城島にとって野球界の父であり、人生の師でもある球団会長・王貞治のもとで、フロントマンとしての在り方を学び始めた城島のプロ野球人生は、それこそ、常に王貞治とともにあった。

