濃度・オブ・ザ・リングBACK NUMBER
「僕はそれが一番嫌だった」武尊がかつて明かしていた“ある思い”…引退会見で「裏方でもなんでもやる」まっすぐな格闘家が貫いた“格闘技への愛”
text by

橋本宗洋Norihiro Hashimoto
photograph bySusumu Nagao ONE Championship
posted2026/05/16 11:05
4月26日、引退試合でロッタンに勝利した武尊
もちろん本音は違った。後になって武尊は明かしている。
「格闘家ならみんな分かると思うんですけど、自分より強いって言われてる人間がいるのは許せないんですよ」
それが言えない状況だった。格闘技団体は離合集散の歴史を繰り返す。同じ階級に何人もチャンピオンがいて、闘いたい相手がいても“団体の壁”に阻まれる。なぜ壁があるのかといえば“大人の事情”とか“運営側の政治的駆け引き”からだ。自分の強さを証明したいという思いを封じられた選手は、それこそ数えきれないほどいる。
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今はSNSの時代だ。武尊のもとには「逃げるな」といった批判、揶揄、誹謗中傷が殺到した。お互いの名前を出せなくなり「みんなが見たいカードを必ず実現させます」という表現しかできなかった時期もある。
武尊はもともと、試合を終えるとエゴサーチをしていた。ファンの声が何よりの励みになっていた。那須川戦にまつわる批判とともに、コロナ禍の真っ只中でK-1が興行を開催した時にも、メインに出場した武尊が矢面に立つ形になった。それでも、よほどの誹謗中傷でない限り自分に届く意見は読むし受け止めていると言っていた。とはいえSNSを見ることが“楽しさ”ばかりではなくなっていたのは間違いない。
状況を打開したのは、自身の行動だった。2020年の大晦日、武尊はRIZINの会場を訪れ那須川の試合を視察した。当時はRIZINとK-1の交流はなかった。
「武尊がRIZINの会場に行きます」
あるメディア関係者から筆者に連絡がきたのは、大会が始まってからのことだった。
「(那須川戦の実現に)自分からいろんな関係者に話をしにいってましたから。言っちゃいけないのかもしれないけど、K-1に無断で動いたこともあったはずです。相当な“力技”で、武尊は状況を動かしたんですよ。対戦実現に向けたテーブルに、みんながつかざるを得ないようにした。それは武尊が動かしたんです」(卜部功也)
「僕はそれが一番嫌だった」武尊が語ったこと
2022年、ついに実現した那須川天心vs武尊。東京ドームでの興行『THE MATCH 2022』は、実行委員会による開催だった。武尊のK-1、那須川が属するRISE、間を取り持つRIZINの共同運営だ。“中立なリング”での開催は武尊が熱望したことだった。
「中立なリングで試合をすることで、昔の格闘技界みたいに団体関係なく、強い選手同士がやり合って最高に盛り上がる夢の舞台にしたい。そのために(決定まで)時間がかかったところはあったんですけど。(対戦が決まらず)僕がいろんなことを言われた時に、それでも離れずついてきてくれたファンの人たち、応援してくれる人たち、K-1の後輩たち、いろんな人の気持ちを背負って必ず勝ちます」
