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「事故があったらどうするんだ」18年前、逆風から実現したジュニアボクシング大会に“未来のモンスター”が現れるまで「群を抜いて凄い子がいる」
posted2026/04/29 11:01
5・2に東京ドームで激突する井上尚弥と中谷潤人を輩出したジュニア大会創設への苦闘を、大橋秀行(左)と小林昭司(右)が語った
text by

二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph by
Hideki Sugiyama(L)/NumberWeb(R)
大反対にあった全国U-15ジュニアボクシング大会構想。
2007年に東日本ボクシング協会会長に就任したばかりの大橋秀行は、目玉の改革を取り下げるか否かの局面にいきなり立たされた。ジュニア世代のボクシング大会を開催するにあたって、ジムの会長たちが引っ掛かっているのは「事故でもあったらどうするんだ」という安全性への懸念だった。
大橋は言う。
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「どうしてこの大会が必要なのかと言ったら、試合の勝ち負けじゃなくて、子供たちが技術を身につけていくこと。それまでの日本のボクサーは前に出て、打たれ強さで相手の技術を封じていくスタイルが多かったですよね。でも世界に追いついていくにはパンチをもらわないディフェンスを高めないといけないわけです。だからU-15は、(有効打をもらった場合の)ストップをとにかく早めるとか、安全性を一番にしていることを理解してもらおうと思ったんです」
アメリカをはじめ世界には子供たちの大会がある。世界に追いつくためにもパンチをもらわない技術を高めていくことが元々の狙いでもあり、つまりは安全性の確保の延長線上にある。安全性をしっかり高めておけば、理解を得られるはずと大橋は踏んだ。
セレス小林の奮闘
大橋の意を受けて実行部隊の一人となったのが、現在は日本プロボクシング協会会長を務める元WBA世界スーパーフライ級王者のセレス小林こと小林昭司である。2002年に現役を引退後、千葉・柏にセレスボクシングスポーツジムを開設し、東日本ボクシング協会の理事を務めていた。小林は二つ返事で、その任を受け入れた。
実現するにはアマチュアボクシングを統括する日本ボクシング連盟に許可をもらわなければならない。アマ出身の大橋がトップにいるとしても、小林はアマ歴がなく叩き上げで世界チャンピオンになったためアマとのパイプがなかった。そのため大橋に相談したうえで、小林が所属した国際ジムでトレーナーを務め、2005年にワールドスポーツボクシングジムを立ち上げていた法政大ボクシング部出身の齊田竜也をプロジェクトチームに引き入れた。
まずは安全性に最大限に留意したルールづくりから始めた。小林が当時を振り返る。

