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「プロに行くのは想像がつかなかった。ただ…」高校恩師が振り返る《虎のキャプテン》阪神・坂本誠志郎“異質の正体”「特別な思い出はないんです」

posted2026/03/27 06:01

 
「プロに行くのは想像がつかなかった。ただ…」高校恩師が振り返る《虎のキャプテン》阪神・坂本誠志郎“異質の正体”「特別な思い出はないんです」<Number Web> photograph by Nanae Suzuki

球団初となるリーグ連覇と日本一を狙う阪神のキャプテンを務めるキャッチャー・坂本誠志郎

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沢井史

沢井史Fumi Sawai

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Nanae Suzuki

 今年もプロ野球開幕の季節がやってきた。リーグ連覇と3年ぶりの日本一を狙う阪神タイガースのキャプテンという重責を負うのが“扇の要”坂本誠志郎だ。履正社時代の恩師が語ったかつての記憶とは。《NumberWebレポート全2回の1回目/つづきを読む》

 チームの頭脳。

 履正社時代から、坂本誠志郎を形容するとしたらこの言葉しか思いつかない。それくらい、坂本はアマチュア野球時代から常にチームの中心であり精神的にも安心を与える存在だった。

恩師の本音「(プロ入りは)想像がつかなかった」

 履正社高校から明治大に進み、ドラフト2位で阪神に入団。絵に描いたような野球界のエリート街道を歩いてきた印象だが、履正社時代の恩師で現在は東洋大姫路高を率いる岡田龍生監督は、当初はプロへ進むイメージは全く湧かなかったという。

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「(プロへ行くのは)ホンマに想像がつかなかったですね。大学に行って、そこからどれだけ社会人で長く野球を続けられるか。そんな選手でしたね」

 兵庫県北部に位置する養父(やぶ)市出身。養父中の軟式野球部に所属していたが、当時は捕手として名の通った選手ではなかった。

「技術どうこうっていう選手ではなかったんですよ。でも、性格的に典型的なキャッチャータイプ。相手をよく見て、意見もちゃんと言える。その中で人間性の高さは当時からありましたね」

 学年の中でもリーダー的な存在で、いずれはキャプテンになる器であることを1年生時から指揮官は感じていた。1年秋から正捕手の座を射止め、公式戦でマスクを被る機会が増えた頃は細かい指摘をすることは多かったが、場数をこなしていくごとにその数は減っていった。

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