酒の肴に野球の記録BACK NUMBER

ヤクルト1年目に20ホールド…だが血行障害発覚「手術して感覚が」左キラーの最終登板は「家族に投げる姿を見せるため」のトライアウトだった 

text by

広尾晃

広尾晃Kou Hiroo

PROFILE

photograph byJIJI PRESS

posted2026/03/26 06:01

ヤクルト1年目に20ホールド…だが血行障害発覚「手術して感覚が」左キラーの最終登板は「家族に投げる姿を見せるため」のトライアウトだった<Number Web> photograph by JIJI PRESS

ヤクルト時代、プロ初勝利を挙げた際の久古健太郎

「入社して寮に入って2週間目くらいでいきなり集合がかかり『今年いっぱいで野球部は休部』って言われて、どうしようと思って。そこからみんな来年の移籍先を探すのですが、どんどん他の選手が決まっていく中で、僕は決まらなくて。その時期、練習をしてもストライク入らなくなっちゃったんですよ。もう野球やめようと思っていたのですが、日本製紙石巻から声をかけていただいて、移籍が決まりました」

——日産自動車野球部は最後の年の都市対抗野球と日本選手権に出場したが、久古さんは投げていません。翌年、入社した日本製紙石巻ではエースになって、チーム初の都市対抗野球出場にも貢献します。ここからプロ野球関係者が注目するわけですね?

「後から考えれば、日産自動車が休部していなければ、僕はプロ入りしていなかったんじゃないかと思います。日本製紙石巻に入ったころからサイドスローで投げるようになりました」

入団2、3年で目が出なかったらクビになる

ADVERTISEMENT

——大卒の社会人としては最短の2年で2010年、ドラフト5位でヤクルトに指名されます。日本製紙石巻からは初めてのドラフト指名でした。そして1年目から救援投手として活躍しました。

「社会人からの入団ですから、即戦力期待で取っていただいたと分かっていました。もう25歳になる年でもありましたし、入団当初から2、3年の間に目が出なかったらクビになると思って、最初から全力で行こうと思ってやっていました。

 ただ、僕は社会人でやってきたことを評価されてプロに入ったので、左のサイドスローという投球のスタイルとしては、今までやってきた通りのことをやろうと思ってもいました。結果的に、それが変な気負いを持つことなくプレーすることにつながって、いい形で節目の1年目を越すことができて、成績につながったんじゃないかと思います」

血行障害…手術をして感覚が変わってしまった

 この年、久古氏は52試合に登板、5勝2敗1セーブ、20ホールド、防御率3.65を記録。セ・リーグの新人王投票では、澤村拓一(巨人)、榎田大樹(阪神)に続いて3位に入った。

 ただ、この年すでに、キャリアを通じて久古氏を悩ませる「血行障害」が始まっていた。

——1年目のオフに左手の血行障害の手術をしました。

【次ページ】 戦力外後、家族を呼んで投げたトライアウト

BACK 1 2 3 NEXT
#久古健太郎
#澤村拓一
#榎田大樹
#阿部慎之助
#福留孝介
#筒香嘉智
#東京ヤクルトスワローズ
#読売ジャイアンツ
#阪神タイガース
#横浜DeNAベイスターズ
#福岡ソフトバンクホークス
#日産自動車野球部
#日本製紙石巻

プロ野球の前後の記事

ページトップ