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酒の肴に野球の記録BACK NUMBER
ヤクルト1年目に20ホールド…だが血行障害発覚「手術して感覚が」左キラーの最終登板は「家族に投げる姿を見せるため」のトライアウトだった
text by

広尾晃Kou Hiroo
photograph byJIJI PRESS
posted2026/03/26 06:01
ヤクルト時代、プロ初勝利を挙げた際の久古健太郎
「手術をして感覚が変わってしまったので、カテーテルにしておいたほうがよかったのかもしれないと思っています。そうしておけば、以後のシーズンも、もうちょっといい感覚で投げることができたんじゃないかと思います」
2012年は手術明けということもあって、9試合の登板にとどまるが、2013年には38試合に登板し、9ホールド、防御率2.76という好成績を上げた。2014年も46試合に登板。2015年のリーグ優勝時には、38試合、8ホールド、防御率2.55という成績でチームに貢献した。この年は左の中継ぎ投手、ワンポイントリリーフとして活躍した。
特筆すべきは、対左打者の対戦成績だ。このシーズンの対左打者の被打率は.207、67人と対戦して15奪三振。巨人の阿部慎之助とは2打数0安打、阪神の福留孝介とは3打数0安打、DeNAの筒香嘉智とは5打数0安打。「左キラー」としての立場を確立したといえる。
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2016年も39試合に登板したが、以後、成績は下降線をたどり、2017年はわずか6試合の登板、そして2018年は一軍登板なしに終わる。この時期からメディアでは久古氏の「血行障害」「不整脈」の記事が上がるようになっていて、10月に戦力外通告を受けた。
戦力外後、家族を呼んで投げたトライアウト
——2018年、福岡県筑後市のソフトバンクの二軍球場「タマスタ筑後」で行われた12球団トライアウトにも参加しました。
「この頃にはずっと血行障害で悩んでいたので、もう野球を続ける気がなくなっていました。次のオファーに期待するというより、最後に僕が投げているところを見せるために家族を呼んで、投げました」
筆者はこのトライアウトを現地で見ている。二軍球場とはいえ、真新しい球場で、優良チケットを販売するという華々しいトライアウトだった。
しかし久古氏は、マウンドでしゃがみ込むなど、痛々しい最後のマウンドになった。それでも打者2人を無安打(1四球)で終えた。
こういう形で、久古健太郎氏のキャリアの「第一幕」は8年で終わったが——引退後のセカンドキャリアで、非常に興味深い道を歩む。その第一歩が、デロイトトーマツコンサルティングだったからだ。〈つづきは下の【関連記事】へ〉

