海外サッカーPRESSBACK NUMBER
「どこまでできるんだ、このアジア人」同僚に削られてケンカ…20歳貴田遼河がアルゼンチンで身につけた処世術「日本で経験できないことができている」
text by

茂野聡士Satoshi Shigeno
photograph byAaajoficial
posted2026/03/20 11:02
高原直泰以来となるアルゼンチン1部でゴールを奪うなど、着実に出場機会を増やす貴田遼河(20歳)。ロス五輪世代の一人として期待を集めている
――なんというか……子供がそのまま大人になった感じの人たちなんですね。
「ただそんなスタンスで接してくれるのは、僕にとってはありがたい面もあります。ピッチを離れるとアルゼンチンの人は外国籍の選手でも“輪に入れてやろう!”としてくれて、本当に優しいんです。ディエゴだけでなく、最初の頃からずっと気にかけてくれる選手は多いんですよね」
――そのあたりはアルゼンチンの国民性というか、オープンなところですね。ピッチ外で記憶に残っていることは?
ADVERTISEMENT
「プレシーズンの合宿で、新加入選手は歌ったり踊ったりしなきゃいけないんです。僕はセカンドチームの時に『ドラゴンボール』の曲を歌ったんですけど、トップチームの時はいきなりスピーカーで『江南スタイル』がかかって……踊らされたんです」
――自分で曲を選べないって、かなりの無茶ぶりですね(笑)。そのほかにも驚いたこと、ありましたか?
「初戦を終えた後、僕のインスタのフォロワーが5000~6000人も増えてたんですよ! トップチームからデビューしただけでも、それだけの人たちが僕のことを知ろうとしてくれている。さすがサッカー大国だなと思いましたし、結果を出したらもっとすごいんだろうな、と」
――ピッチ内外問わずサッカーへの熱量が凄まじい証拠ですね。
「そうですね。さっきも話した(転機となった)ラシン戦ですが、試合後に『ラシンの選手でこんなにすごかったら、ファンダイクとかどんだけすごいんだろう』と思えたんです。いい意味で大きな壁にぶつかって、ここからまたもっと頑張らないといけないな、と思う瞬間にも出会えて、日本で経験できないことができている。だからこそアルゼンチンに、来てよかった。心からそう思ってます」
インタビュー後に貴田から届いた「メッセージ」
インタビューから数日後、「どうしても伝えたいことを伝えきれていなくて」と、関係者を通じて貴田からメッセージが届いた。それは入団直後にケガによって手術を強いられた自分をサポートしてくれたアルヘンティノス、そして古巣・名古屋グランパスへの思いだった。
《アルヘンティノスに入団するまで、実際のところ、どういうクラブか情報を持ってなかったけれど、生え抜き選手を世界に輩出している育成クラブで、自分よりも下の年代の16~18歳の選手に可能性があればどんどんチャンスを与えて育てていくのを日々目の当たりにしています。
そういった生え抜きの選手がいる中でも、日本人のレンタル選手の自分について、根気強く成長を見守ってチャンスをくれていることに感謝しています。
ケガで離脱した1年目のシーズン終盤、メンタル的にアルゼンチンで続けていくのがしんどかった時に会長、GMから『1年間の頑張りを無駄にするな、クラブとしてサポートするから頑張れ、サッカー選手として成功する素質を持っている』と言われて、残る決断ができました。
あの言葉がなかったら続けられていなかった。会長からはトップチームでデビューした時に「あの時、残る決断をしてよかっただろ!」という言葉もかけてもらえました。
受け入れてくれているアルヘンティノス、レンタル移籍を理解してくれている名古屋グランパス、そして色々な人の支えがあってこのクラブでプレーできていることに感謝しています》
禍福は糾える縄の如し、という。失意のケガがスタート地点となった貴田は、アルゼンチン生活3年目を迎えた今――ほとんどの日本人フットボーラーが味わったことのない、タフでホットな南米サッカー大国の土壌で、たくましく太い幹に育とうとしている。〈全3回〉



