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「本譜が自然だと」先手・永瀬拓矢のAI期待勝率が68%→29%急落も「すでに後手が指せている」藤井聡太の逆転劇…感想戦で判明した“意外な事実”
posted2026/03/18 06:00
王将戦第5局後の感想戦。藤井聡太王将(右)が永瀬拓矢九段に「評価値的には逆転勝ち」した1局だった
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大川慎太郎Shintaro Okawa
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Shintaro Okawa
2日目の午後2時頃…先手の期待勝率は68%だった
ALSOK杯王将戦第5局の対局場へ向かうため、那須塩原行きの東北新幹線を東京駅のホームで待っていた。
対局2日目の3月9日、午後2時を少し過ぎた頃だった。
今は東京発になってしまったけれど、やっぱり東北新幹線の始発は上野駅のほうが味わいがある。将棋電王戦の観戦記を書いたこともある、トラベルミステリーの第一人者の故・西村京太郎が「上野駅は東北の匂いがする」と書いていたことを思い出していた。
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車内に乗り込み、ひと息ついてからスマホを取り出して、日本将棋連盟のモバイル中継にアクセスする。
形勢は先手の永瀬拓矢九段がいい。雁木に構えてから、9筋で驚愕の開戦を見せてペースをつかんだ。2日目に入っても永瀬の指し手は順調そのもの。スマホの盤面は、先手が飛車取りに角を打ち、後手の藤井聡太王将が8二に香車を打って受けた局面を映した。AIの先手の期待勝率は68%。永瀬はこのまま攻め続けるのか。ところが先手の候補手を見ると、守備の手を示していた。
▲5九金――。
玉の右斜め上の金を引く手だ。先手は玉を5八に動かす余地を作っており、後手が持っている飛車を王手で打ってきた時に逃げられるようにしている。合駒を節約できる意味もある。
2日目に入って永瀬はずっと攻め続けていたのに、ここで自陣に手を入れるのか。
どこかから「名古屋の宿、取れるのかな」という声が
新幹線が発車しようかという頃だった。永瀬が9五の角で飛車を取る。すると期待勝率が68%から44%に下がった。数値だけから判断すると、疑問手ということになる。
永瀬は取った飛車で王手をし、桂を奪った。すると藤井はわずか1分で8七に歩を成ったのだ。永瀬は金で王手をかけたが、ここで期待勝率は29%まで下がってしまった。自然な手しか指していないように映るが、何があったのだろう。
那須塩原までの1時間は、スマホの盤面を見ているうちにあっという間に過ぎた。車窓を楽しむ余裕はまったくなかった。ひとつ言えるのは、シリーズ3勝1敗で奪取に王手をかけていた永瀬が王将位から遠ざかったことである。
駅近くのホテルにチェックインをしてから、対局場のホテルにバスで向かおうと停留所で待っていると、通りかかったクルマから声をかけられた。
運転席には昔から知っている先輩記者の姿が。たまたま通りがかって、乗せて行ってくれるという。ありがたい。
1996年の羽生善治七冠誕生と、2023年の藤井聡太八冠誕生の両方を現場で取材した、生き証人のような先輩記者に「形勢を見ておいてね」と言われ、後部座席でスマホに目を落とす。
藤井が自陣飛車を放って詰めろを解除した局面で、永瀬の手が止まっていた。

