オリンピックへの道BACK NUMBER
「10年後、20年後に…」木原龍一がじつは語っていた“壮大な夢”…「指導者不足」「シングルとの格差」りくりゅう以前、日本ペアが勝てなかった“2つの理由”
text by

松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byAFLO
posted2026/03/09 06:00
年間グランドスラムを達成した2024年世界選手権での三浦璃来と木原龍一
語ってきた「申し訳ない気持ち」
要因は、成績であった。国際大会で好成績を残す選手たちがいるシングルに対し、ペアは到底優勝を争う位置にはいなかった。注目度が低いのはやむを得なかったかもしれない。でも、自身が真剣に打ち込んでいるものがそのように扱われるのは、やはり辛い。
また、オリンピックの団体戦でも、「ペアやアイスダンスがなあ」といった声が聞かれるのも、シビアではあるが実情を反映していたとは言える。木原自身、2022年に「(ソチと平昌は)出させていただいている感じがものすごく、チームメートに申し訳ない気持ちがありました」と切実に受け止めていた。肩身の狭い思いがあった。
状況を変えるには、だから成績を変えるしかない。三浦という絶好のパートナーを得て、1つ1つ成績を残す中で、目指すべき目標――国際大会での表彰台、世界選手権やオリンピックでのメダル――も、より現実的な目標として描けるようになっていった。そしてついに、オリンピックの金メダルとして、成就したのだ。
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「結果を残す」。それは、悪循環から好循環へと変えるためにも必要だった。
日本で強いペアが生まれにくい“2つの理由”
ペアの成績が長年上向かなかった理由は、はっきりしていた。
1つは国内の練習環境に恵まれないこと。指導者がいないため、もし本格的にペアをやりたいとなれば、指導者を求めて海外を足場にせざるを得なかった。
加えて、リンクの問題もあった。2人で行う分、スペースを必要とするが、そもそもリンクが充足していると言えない中、ペアの選手が十分に練習する場所は圧倒的に少なかった。それも海外へと向かわざるを得ない理由だった。
「ペア競技の大人数での練習は非常に危険なので、ペア専用リンクがもっとできてきたら(競技)人口も増えやすいと思っています」
木原は言う。そう、もう1つの理由は競技人口がきわめて少ないことにあった。
練習環境の問題はあっただろう。そして「モデル」となる選手がいないことも大きかった。どの競技でも、世界で活躍する選手がいると活性化する。憧れてその競技を始める子どもも増える。フィギュアスケートのシングルなら、例えば中井亜美は浅田真央に憧れてスケートを始めた。その一例にとどまらない。憧れから始める子どもたちがいて、そこからまた世界に飛び立つ選手が現れる。好循環の1つだ。
活性化すると、スポンサーなど資金も呼び込むことになる。それが強化にあてられる。それも好循環の1つだ。

