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オリンピックへの道BACK NUMBER
「挨拶すらできない選手」「遊びに来たのかと…」“史上最強”と言われた競泳日本代表が「崩壊」した日…オリンピック個人競技でなぜ“チーム力”が重要なのか?
text by

松原孝臣Takaomi Matsubara
photograph byJIJI PRESS
posted2026/02/27 11:04
アトランタ五輪競泳女子400mメドレーリレー予選3組で5位に終わった日本チーム。左から千葉すず、青山綾里、中村真衣、田中雅美
「挨拶すらできない選手」「遊びに来たのかと…」
大会や合宿ではコーチ、選手全員そろって、あるいはコーチだけのミーティングを繰り返した。
何のために代表は存在するのか。どのようにして国際舞台で戦うべきか。そして目標を皆で共有するように努めるとともに、一緒に戦う仲間であるという意識を根付かせるためだった。
選手にはマナーも教えた。ヘッドコーチに就任した後、国際大会で他の競技団体のスタッフから言われた。
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「アトランタのときの競泳の選手たちは遊びに来たのかと思うくらい態度が悪かったね」
上野氏は衝撃を受けたと振り返り、こう語っている。
「若い選手が多かったですし、悪気がなくても、騒いでいるように見えた面もあったかもしれない。でもそのように見えたというのは事実ですし、僕がヘッドコーチになってみると、挨拶すらできない選手もいたのはたしかです。戦う準備は一人でできるわけじゃない。裏で支えるスタッフの人々がいるからこそです。感謝の念もない選手は周囲の人々から応援されることもないし、強くもなれないと僕は思います。だから、挨拶から教えました」
北島康介金メダルの裏で見えた“団結力”
それらさまざまな取り組みが実ったことはその後の競泳日本代表の成績に表れている。
上野氏は2004年アテネ五輪で印象に残った出来事をあげている。
大会を前に、宿舎に1枚の白い模造紙が貼られた。トレーナーのアイデアだった。北島康介の金メダルの夜、祝福のメッセージが多数書き込まれた。宿舎に戻った北島はお礼と、次の日に出場する選手への激励を書き込んだ。模造紙を介してのキャッチボールは、最終日まで続いた。この慣習は、2008年北京五輪にも受け継がれた。
「北京では、北島が初出場の選手たちに、『俺も1回目は何をやっているかわからなかったんだよ』みたいな、初めて出たときの経験を話したりしていたのも覚えています。それも印象深かったですね」

